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沖縄が生んだマブヤー



夏の参議院選挙は民主党の大敗となった。当然の結果だろう。

と、言いつつ、マブヤーのお話。
「琉神マブヤー」はウィキペディアによると、2008年10月4日 - 12月27日に沖縄のローカル番組として15分枠で放送された。なんでも、沖縄の経済活性化も期待して地元ヒーロー番組を作ろうという地元企業の発案で作られたらしい。
それが2010年になって、BS11で全国放送された。その際には沖縄を「本土」に紹介する意味もこめたと思われる「ガンジロー先生のウチナーグチ(沖縄語)講座」と「琉神マブヤーで沖縄がデージ(大変なこと)になってるスペシャル」というコーナーも設けた30分構成になっていた。
僕はこのBS11版をたまたま観る機会を得た。本当に偶然に巡り合った番組だった。最初はアニメ番組と勘違いして録画し、観始めたら特撮番組だった。
「それもローカル向けの特撮番組かあ・・・」と正直言って、なめながら観ていた。低予算であることは明らかであるし、そんなに特撮番組に興味があるわけでもなかった。ところが観ていくうちに、沖縄独特のリズムに引き込まれ、そのゆるさの快感にどっぶりひたってしまったのだ。
そして、このままゆったりと進んでいくかと思いきや、物語は少しずつ緊張の度合いを高めていき、最後にはある種の神々しささえ感じさせる結末にまで到達した。
僕にとって、「琉神マブヤー」はTVドラマの中では今年最高の収穫の一つだと感じている。

物語の骨子は、沖縄の伝統や美意識の源泉であるマブイストーン(魂石)を巡る、主人公マブヤーと敵方マジムンの争奪戦が中心になっている。沖縄の各地に潜むマブイストーンをマジムンたち(ただし総勢5名・・・)が見つけ出し、壺に封印する。これをマブヤーが取り返す、という具合。
例えば第1話ではウチナーグチ(沖縄語)のマブイストーンをマジムンたちが壺に封印してしまう。すると、沖縄人がウチナーグチを話さず、共通語しか話さなくなる。そこでマブヤーがマブイストーンを取り返すと、またウチナーグチが復活する。シリーズではこの展開が繰り返されていく。
このマブイストーンを巡る戦いは当初、割合のんびりと、どちらかというとほのぼのと行われた。そもそもマブヤーに変身するのは陶芸の見習いである、つまり普通の青年である。名前はカナイ。沖縄神話の理想郷であるニライカナイから得たと思われる。このカナイが海辺で体調を崩した時、知人のおばあさん(沖縄言葉で言えば、おばあ)が「マブイ(魂)返し」のおまじないを唱えた時に、森の奥からマブヤーのマブイがカナイに降臨して変身できるようになったという展開。
マブイ―マブヤーという韻、カナイという名前の主人公、おばあのおまじない(=巫女の神託)で召喚されたヒーロー・・・・登場人物の本質は、すこぶる沖縄的だ。
第一話ではまるで吉本喜劇のコントのように、カナイやヒロインであるクレア、おばあ、そしてどうみても犬なのにシーザーと主張するケンとのかけあいがこぎみよく展開する。沖縄言葉の抑揚が非常に心地よい。このかけあいの心地よさにまずはまってしまった。
そして、マブヤーとマジムンの戦闘なのだが、爆発や派手なロボット戦も空中戦もなく、殺陣だけで終わる。恐らく予算の都合だと思う。地味なのだが、殺陣の切れがけっこういいし、沖縄の青空の下、緑一杯の原っぱでの戦闘も味わいがある。また、要所で巧みにCGを取り入れているのでメリハリも効いている。
マジムンがなんとなくマブイストーンを見つけ出し、封印して騒ぎが起こり、マブヤーが戦っている間になんとなく取り返して終わるという展開が続いた。15分の間に展開するわけだから、そんなに凝った筋ではない。当初はどちらかというとお笑い劇という感じだった。
しかし、中盤にさしかかると次第に緊張感がましてくる。カナイが「敵に勝つために力を得なければいけない」と、強さを意識するようになる。その意識が空回りし、「強くならなければいけない」という焦りがこじれて、マジムンとの戦いにも簡単に勝てなくなっていく。そのカナイの迷いをついて、マジムンの一員であるオニヒトデービルが様々な心理的ゆさぶりをかけてくる(オニヒトデービルとマブヤーには因縁があるのだが、それは物語をみていただいた方がいい)。
そんなカナイを沖縄の守り神であるシーザー=ケンが精神的に支え、森の大主に引き合わせて修業を積ませ、迷いと焦りを克服することに協力した。
この克服してからの展開が実にすがすがしく、神々しいとさえ言ってよい。特にマブヤーとオニヒトデービルの最終戦は、日本民話の土着の神々の戦いのように、素朴なのだが神々しさを感じるものだった。
マブヤーは力で敵を屈服させるのではなく、相手を許し、認め、そして感謝さえ示すようになる。この最後の感謝という境地にまで達した時には、これほどの作品がローカル番組として埋もれていたのかと戦慄すら覚えたほどだ。
最終回は僕がこれまで観てきた番組の中でも上位にランクインする見事さだった。沖縄に迫りくる脅威を払いのけ、人々の歓喜の踊りの中にカナイ(マブヤー)が溶けこみ、消えていくような演出は、観ている僕の感性も解放してくれるような癒しに溢れていた。

「琉神マブヤー」はすこぶる沖縄的だ。風土、文化、そして戦いに対する気持ち-ここには、「沖縄の人間として最低限、詰め込みたいものを詰め込んだ」という意思を感じる。そもそもマブヤーの誕生自体が、おばあによってもたらされたというのが沖縄的だ。そして、カナイが戦いに対する気持ちをとんがらせていったのは、沖縄の基地という問題を意識せずにはいられない。この物語では基地問題はほんの少ししか顔を見せないが、基地という戦いの象徴に力で対抗しても勝てない(実際、勝てない)、ならばどうするという意思を反映した展開なのだと解釈している。
その一つの結論が、「ニフェー(ありがとう)」であるなら、この言葉の境地にたどりついた製作者諸子に敬意を表さずにはいられない。

「琉神マブヤー」は沖縄の地元ヒーローを作ろう(それで商売しよう)という経済的発想から生まれた。しかし、単なるヒーロー物で終わらなかったのは、この作品に携わった人々が、沖縄の意地をみせたからだと思う。
僕としては、正直、実際に番組をみてほしいと思う。全話収録したDVDが3000円程度だから、価格的な敷居は高くないと思う。できればBDであの空の青さをみることができればなおよいのだが。
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