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[C29] 組曲が生で聴ける

2015年4月26日に「交響組曲銀河鉄道999」が初めて生でコンサート演奏されるとあって、ネットで色んな方の思い出などを見ているうちに、このブログにたどり着きました。ありがとうございます。まもなく一般発売なので是非行って聴こうと思っています!
  • 2015-02-12 01:41
  • shu-ya
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[C30] 管理人です

shu-yaさん、貴重な情報をありがとうございました。東京交響楽団の演奏で指揮は秋山和慶さんですね。スキャット、ハープの演奏が実に楽しみでしょう。
そうですか、定期演奏会のプログラムに選ばれる時代がきたんですねえ・・・。
東京の方が実にうらやましい(でも、たとえ東京に住んでいても時間がないでしょうけど(*_*))。
よろしければ、後日、ご感想をお聞かせください。

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銀河鉄道の旅に贈る 「組曲銀河鉄道999」

しばらくぶりの更新です。
毎日、どなたかが目を通してくださっています。
ありがとうございます。
今年もあとわずかになりました。
私にとって、この1年は辛いことが多かったです。
哀しみも、怒りも、悔しさも
なぜ、人は生きていくのか。
そういう想いが強かったので、「風立ちぬ」や「かぐや姫の物語」は、映画という存在を超えて私の心に響きました。
皆様にとって、この1年はよい年であったでしょうか。



(承前)
昭和1桁世代は、まさに昭和とともに時代を歩んだ。
戦前の皇国史観教育を受けながら、敗戦によって価値観をひっくり返され、焼け跡から立ち上がり、高度成長の時代を支えた。
昭和とともに歩み、不惑を迎えた青木に、ようやく世間につながる仕事が届くようになった。
青木の編曲した作品を色々と検索してみた。最も初期の作品は、恐らく端田宣彦(はしだのりひこ:※1)とシューベルツの歌「一人ぼっちの旅(昭和44年)」のようだ。作詞:久二比呂志、作曲:端田宣彦、編曲:青木望の布陣である。
導入のヴァイオリンの柔らかで夢見るような響きは、既に青木節全開なのである。「銀河鉄道999」に続く線路が、この時期から始まっていると感じさせられるのだ。
また、僕でも覚えている名曲「風」もまた、トランペットとヴァイオリンの立ち回りが見事な青木の編曲が施されている。


青木が編曲した音には、優しくて、聴く者をそっと包み込むような柔らかさがある。
そうした音を好む人が、彼に声をかけることが多かったのか、仕事の目録をみていても、激しい曲調の歌が少ないように感じられる。
もちろんのこと、僕たちは、青木がその気になれば勇壮な曲も、妖艶な曲も、請われれば書き上げられることを知っている。
でも、彼は黙々と、舞い込む仕事をこなしていった。
本当に、さりげなく、目立たず、実績を重ねていった。
しかし、彼の仕事は確実に、評価をあげていったのだと思う。

20代、30代はひたすら突っ走った人生だっただろう。それが40代になってようよう名が知られるようになったところだ。
昭和も50年を超えていた。いよいよ青木自身も50代の大台に乗ろうかという時期だった。
率直に言えば、遅咲きの人生だと思う。
際立った才能を持つ者たちは、20代、30代で既に名をあげているものだ。40代には代表作の1本や2本持っていてもおかしくない。
それが青木も40代後半。ここで名を残せるかどうか、青木の人生の正念場だったはずだ。
誰の発案だったのだろうか。
昭和53年、青木は「銀河鉄道999」の主題歌、副主題歌の編曲を担当することになった。
それまではアニメの仕事では挿入歌の編曲がほとんどだった。
今度は主題歌、しかも東映とコロンビアが満を持して準備したであろう、人気が約束された作品の主題歌なのだ。
大出世だ。
それだけでも知名度もあがるだろう。だが、それだけではなかった。
なんと、番組の劇判の作曲の依頼も併せてやってきたのだ。
作曲・・・!!
他人の旋律を飾るのではない。自分で自分の音楽を着飾る仕事がきたのだ。
しかも、しかもだ。音楽集は「組曲」として、あたかもクラシックの装いをまとって発売されるというではないか。
青木にとっては人生最高の至福の瞬間だったのではないだろうか。
幼い自分にヴァイオリンを持たせてくれた家族。
家族の期待に背を向けて、バンド生活に飛び込んだ少年期。
長い下積みを乗り越えた青年期。
そして、それら全てが結実したような仕事が、青木のもとに届いたのだ。
彼の半生を想像(妄想だが)していくと、まるで、人生のジグゾーパズルが完成していく様を見ているような気持に、僕はなる。

TV版「銀河鉄道999」の放送直前に、雑誌アニメージュが組んだ特集で、青木が語った一言は、ずっと心に残っている。
-天使の歌声を目指す
この言葉には、青木の音楽に対する姿勢そのものがこもっているのかもしれない。
実際、彼の音楽はまさしく天上の世界を目指していた。

編曲を担当した主題歌「銀河鉄道999」について触れておこう。これほどまでに、人生の美しさと哀しさを、子供にもわかるように言い表した歌は、他にない。アニメ史上に残る、永遠の名曲である。
作詞:橋本淳、作曲:平尾昌光、編曲:青木望、歌唱:ささきいさおと杉並児童合唱団の布陣。

汽車は闇をぬけて 光の海へ
夢がちらばる 無限の宇宙さ
星の架け橋 渡っていこう
人は誰でも 幸せさがす 旅人のようなもの
希望の星に 巡り逢うまで 歩き続けるだろう
きっといつかは 君も出会うさ 青い小鳥に


「人は誰でも 幸せさがす 旅人のようなもの」という言葉は、当時も今も胸に染みる。もっと染みるのが、2番の歌詞の「さすらい人の 澄んだ瞳に 命が燃えているよ」という言葉だ。人生というさすらい、孤独の中でも、まだ生き続ける強い意志を持つことの凛々しさを感じるのだ。

余談になるが、作詞担当の橋本淳について触れておこう。
ウィキペディアによれば本名は与田準介。昭和14年に東京都で生まれた。父親は与田準一といい、児童文学作家だったという。
ウィキペディア:橋本淳
上記によれば、橋本は筒美京平と大学の同期であり、一緒にジャズバンドで活動していたという。更に作曲家のすぎやまこういちに教えを請いながら、なぜか作詞家の道に進んだ。
キングレコードに入社。多数の有名歌謡曲の作詞をてがけた。すぎやまの名曲「亜麻色の髪の乙女」の歌詞もまた、橋本の手による。


橋本の経歴に含まれる、「すぎやまこういち」「キングレコード」という単語に、つい「縁」という言葉が浮かんでくる。
アニメ音楽の歴史を紐解いていくと、様々な才能の結びつきが見えてくる。大勢の才能が緊密にからみあって、豊穣な音楽の遺産が生み出されたのだと、しみじみ思う。

さて、これほどの素晴らしい歌詞を残しておきながら、橋本とアニメの関わりは多くはない。むしろ少ない、わずかと言っていいほどだ。
「銀河鉄道999」以外には、「カリオストロの城」の主題歌「炎のたからもの」という、やはりアニメ史上に残る名曲があるが、後は「野球狂の詩」があるくらいだ。




橋本にとって、アニメの仕事を引き受けたのは例外的だったのかもしれない。
だが、「やさしくしないで」の中原葉子のように、橋本と「銀河鉄道999」の出会いは、まさしく一期一会のごとく、永遠の命を持つ歌を生み出した。
「銀河鉄道999」は、あふれんばかりの詩情に満ちながら儚さに流れず、力強い生命讃歌となっている。独自の読み込みでメーテルリンクの「青い鳥」にまで想像力を走らせながら、聴く者に「前を向いて生きよ」と呼びかけている。
「青い地球」では宇宙に浮かぶ星々の運命すら俯瞰しながら、母親に生き写しの面影を持つメーテルへの想いを歌っていく。幻想的なまでの星の生死を歌いながら、鉄郎の溢れる思慕の気持ちが熱く語られる。
この2曲は、聴く者の想像力を強く刺激し、深い感銘をもたらす。聴き終えた時にこみ上げるのは、優れた童話に触れた時の読後感に近い。

僕は、こうした歌詞を橋本が残しえた背景には、やはり児童文学作家として生きた父親の影があったから、と思えてならない。「銀河鉄道999」の歌詞とは、父の衣鉢を継いだ橋本淳が、自分なりのやり方で記した童話なのだと思う。



話を戻そう。そんな橋本の素晴らしい歌詞に、稀代の作曲家、平尾昌光がやはり渾身の力で応えていた。主題歌では、序盤からサビに到るまで、地上から天界へ、更に銀河へと駆け上がるように、音階が高みを目指す構成になっている。そして最後はまた地上へ降り立つように音階も下がっている。
音階自体が「銀河鉄道の夜」の物語をなぞっているとすら思える。
その旋律に青木が施した意匠は、TV主題歌の歴史に残る美しさなのだ。
最初にシャン・・・!と軽やかな音が響き、続いて光の飛沫がらせんを描いて空へと舞いあがるような弦合奏が始まるのだ。そして、どこかしら控えめな、でも温かいホルンの響き被さってくる。
この導入部は本当に素晴らしい。
あと、僕の心に残るのが、サビの部分での児童合唱だ。ささきいさおと杉並児童合唱団が歌う「人は誰でも幸せ探す旅人のようなもの」の歌声は、何度きいても胸に染みる。
まさしく天使の歌声だ。

「青い地球」でも、やはりサビの部分があまりに美しい。
ささきいさおの歌を、児童合唱が、天使がさえずるように支えている。

メーテル また一つ 星が消えるよ
赤く 赤く 燃えて
銀河を流れるように


あたかも天使に囲まれた鉄郎が、神の視点から星々の運命をみつめているような場面が想像されてくる。歌詞の力を最大限に引き出した旋律と編曲だと思う。歌を聴く者もまた、いつしか鉄郎とともに世界を俯瞰している想いにとらわれることだろう。


さて、青木の宝石のような音楽「組曲銀河鉄道999」(※2)について、少し触れておこう。
昭和53年当時、僕はこの曲のLPが発売されると、すぐに購入した。
でも、何度か聴いたのだが、好きになれなかった。
どこか入り込めない。退屈だ。
そう感じたように思う。
今更ながら、その理由を考えると簡単だ。勇壮な曲がなかったからだ。
めくるめくような鮮やかな音が舞い踊る「交響詩銀河鉄道999」は、聴き始めた途端、その魅力の虜になったものだが、「組曲」についてはさっぱりだったと記憶している。
だから、愛聴することはなかった。
というのも、基本的に静かなのである。戦いの場面のための音楽もあるのだが、勇壮というよりも緊張を高めるため、という性格が強い。
当時の少年向けのアニメでは、勇ましい主題歌を勇ましく編曲して、ここぞという見せ場で流したものだ。
しかし、「銀河鉄道999」の主題歌は勇ましさとは程遠い世界観だ。
青木が目指したのは、主題歌と同じ、聴く者を銀河鉄道の旅に導く音楽だった。

一連の文章を書くために、改めて「組曲」を聴いてみた。
1曲目「序曲-出発(たびだち):きらめく銀河~アンドロメダへ」
たぶん10年かそれ以上、僕はこの曲を聴いていなかった。
だが、今になってこの曲の優しさ、美しさに気づかされた。
それはまさしく、銀河鉄道の車窓から見える星々の世界を描写したものだ。
子供たちに童話を読み聞かせる場面に流れているような
お伽話の世界にいざなうような
そんな優しさに満ちていた。
中学生の頃の僕には、この優しさが退屈だったのだ。年頃が年頃だから、もっと刺激的なものを求めていたのだ。
だが、今の僕には青木が音に託した優しさ、青木が子供たちに聴かせたかった響き、その気持ちが伝わってくる。気づいてみれば、僕も青木がこの曲を作曲したくらいの年齢に達している。
2曲目「慕情:母の面影~青い地球」は副主題歌の編曲にもなっていて、それだけでもジンとくるのだが、伊集加代子のスキャットが星明りのような輝きを放って、素晴らしい。


ウィキペディア:伊集加代子
伊集加代子について触れたブログ「こよいち」から
伊集加代子ディスコグラフィー

「組曲」には、全体に彼女の歌声が染み渡っている。彼女の声は天使というより、メーテルを連想させる。
3曲目「挑戦」は「交響詩」の7曲目「時間城へ」に楽想が連なる、緊張感を前面に出した曲。
4曲目「不思議な星:未知への誘い」はまた、どこかしらのどやかで、聴いているうちに童話の国に迷い込んだような気持になってくる。
楽しいこと、悲しいこと、恐ろしいことなどが次々と僕たちの前に現れる。
5曲目「流浪(さすらい):悲しみの旅路」は主題歌の変奏曲なのだが、勇壮さには程遠く、しんみりと寂しげに始まる。さすらいの孤独が染みるようだ。
旅は出会いと別れの繰り返しである。道行をともにするメーテルとも、いずれ別れの時がくる。その切なさ寂しさを象徴するようだ。
後半ではテンポを速めて勢いづくのだが、これもまた勇ましいというよりは、どこか感傷の色をまとった華やかさだ。
6曲目「冒険」などは、題名とはかけ離れた、やはりしんみりとした音楽で始まる。「交響詩」の愛の主題に連なる旋律を、ヴァイオリンが甘く奏でる。
途中からこれもテンポを速めて躍動し始めるのだが、これもまた追跡劇を思わせるような雰囲気で、派手に戦闘をしているという面持ちはない。
7曲目「出会い:宇宙の盗賊たち」もまた、題名とは裏腹に、おもちゃの国にでもいるような、ちょっととぼけた音楽で始まる。「おもちゃの交響曲」(※3)を思わせる印象だ。
次いでグローフェ(※4)かコープランド(※5)のようなアメリカ南部をのんびりとロバにでもまたがって旅をしているような曲に変わる。ハーモニカの唄は、後のトチローの主題に連なるかもしれない。
この曲もまた、最後には転調するのだが、やはり華やかで、宝塚歌劇が似合いそうなのだ。
そして、最後の「終曲-永遠(とわ)の祈り:望郷~目覚め~祈り」は、ハープの独奏で始まるのだが、これがまた殊の外、美しい演奏なのだ。
ハープの独奏というのは、実はそれほど馴染みがない。今をおいても、だ。
名前こそ誰でも知っているが、音量がないせいか、意外と活躍する機会のない楽器だ。
クラシックの世界でも、独奏の機会はなかなかない。まして、アニメの世界では主役になることなど先ずない。
だが、青木はやってみせた。
大舞台で、普段は日陰者の娘を連れだして、「この子に主役を張らせます」と言ってのけ、その演技で見事に観衆の喝采を手にしたようなものか。
実は青木は相当の心臓を持っているのかもしれない。柔和な笑顔の向こうには、やると言ったらやりとげるのだという強い意志が隠れているのかもしれない。
戦後、間もない時期に、まだ子供だったというのに、「俺は音楽で食っていく」と家族に言ってのけた男だ。
だが、時代の故か、これほど青木がいれこんだにも関わらず、ハープ奏者の名前は残されることはなかった。

この曲も静かにさりげなく音楽が進み、最後は伊集の声が星々のささやきのように、美しく余韻を残して消えていく。

作曲を依頼されるにあたって、当然、青木は原作を読んだことだろう。
銀河鉄道とはいいながら、宮澤賢治の静謐さとは異なる、活劇もふんだんに含んだ物語であることは承知だったと思う。
しかし、この物語の中心には、「人生とはなるようにもなるし、どうにもならないこともある」という松本零士の達観というか、神のごとき視点がある。
個人の力ではどうにもならない時の流れがあるのだ。
意志があれば、一人の少年が機械化母星すら破壊できるという、個人の意思の力を謳いあげた劇場版とは語り口が違うのだ。
それをわかっていたのだろうか、TV版の音楽では青木は銀河鉄道の旅を描くことに重点を置いた。(※6)
この子供のための宝石箱のような音楽は、中学生の僕の心には届かなかったが、今の僕にはしっかりと届いている。

作曲家として「銀河鉄道999」は初仕事だが、あまりに素晴らしい音楽だった。以後、青木は「幻魔大戦」「北斗の拳」のような戦いの物語や、「パタリロ!」のような不条理な笑いの世界、「とんがり帽子のメモル」の童話の世界など、幅広い分野に楽曲を提供した。(※7)




最後に、青木の音楽を通して気づいたことを記しておこう。
元々、青木自身が録音演奏家だった。当然ながら、同業者との交流があり、お互い助言しあいながら、音楽を作っていったのだと思う。
彼の曲を聴いていると、「これはきっと、知り合いの演奏家を想定して作曲したのだろうな」と思わせられることがしばしばだった。
「組曲」最後のハープの独奏にしても、名前すらあがらないが、青木には「この人に弾いてもらおう」という想いがきっとあったのだと思う。

「組曲」を演奏しているのは、コロンビア・シンフォニック・オーケストラということになっている。
日本コロンビアのレコード演奏のための楽団だが、どのように運営されていたのか、手掛かりとなる資料を僕は知らない。
楽員はコロンビアの正社員扱いだったのか、随時契約であったのか、それもわからない。
録音に併せて適宜、録音演奏家たちが集められたのかもしれない。
もしかして、青木もまたそうした一人だったのだろうか。
全ては憶測でしかない(ご本人に伺えば、実は全く的外れなことを僕は言っているのかもしれない)。
だが、「交響詩」にしても、青木は純粋な西洋クラシック音楽の語法に留まらない、現代の大衆のための音楽の要素も交えた、親しみやすいが深みのある音楽をものにした。
それができたのは、彼が録音演奏家として、仲間たちと意見を交わしながら、音楽づくりをしたからではないかと、僕は勝手に想像している。
伝統的な音楽教育を受けた作曲家による、芸術祭に出品されるような芸術映画のための音楽の中には、時として堅苦しくて重々しく、実に立派な響きなのだが単調で、一度聴いたらお腹いっぱいですというものもある。
青木の作り出した音楽は、一見、甘くてすっと口の中で溶けてしまうのだが、何度も何度もふんわりと味が蘇ってくる。たくさんの隠し味があって、飽きさせない。それは仲間たちを通じて手に入れた、音楽大学の中だけでは得られない知識や発想が、青木の中に蓄えられていたからだと思う。
もしかしたら、日本の大衆音楽の歴史の中で、彼ら録音演奏家たちは一方ならぬ役割を演じてきたのではないか。
無数の名曲が、実は「彼に」「彼女に」演奏してもらおうと、作曲者の想像力が刺激されて生まれたものではないか。
すぎやまこういちの「デス・ファイト」にしても、実はすぎやま個人単独の産物ではなくて、そこに関わった大勢の録音演奏家たちとの掛け合いの中で自然発生的に生まれてきた部分も多いのはないか。
青木の音楽は、僕にそのような考えをもたらしてくれた。
素晴らしい音楽と、新たな洞察を与えてくれた青木望に感謝して、この稿を終わりたい。

平成25年が終わろうとしている。
1年後、僕はどうしているだろう。どのような気持ちでいるだろう。
このブログを見守ってくれている方々の来年のご多幸をお祈りします。



※1)ウィキペディア:はしだのりひことシューベルツ
※2)ジャケットの作画は荒木伸吾だろう。湖川や小松原とはまた違う、ある意味、最も美形のメーテルだ。
※3)子供の頃、NHK教育でよく流れていたのを覚えている。18世紀後半に作曲されたそうだ。確かに古典的な曲作りなのだが、どこかしら響きが、当時としてはちょっと新しい。誰が作曲したのか、よくわかっていなかったらしい。
ウィキペディア:おもちゃの交響曲
※4)「グランド・キャニオン」が有名。
※5)米国を代表する作曲家の一人。「ウェストサイド物語」を作曲し、指揮者としても世界を制覇したレナード・バーンスタインのマブダチ。アメリカ南部~中南米の雰囲気を醸す音楽をいっぱい残した。
※6)劇場版は星野鉄郎の青春を描くことが主題だったから、発想を切り替えたのだろう。
※7)ご覧のとおり、残念ながら多くが廃盤である。
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