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[C52]

はい、ヤマト第1作のオリジナルBGMがなかなか発売されないのは不満でした。ちなみに、「交響組曲 宇宙戦艦ヤマト」はその発売前後に生放送されたオールナイトニッポン・スペシャル版ドラマ篇でBGMとして使われましたが、CM直前のブリッジ曲などはTV版のオリジナル曲が流用されてたみたいですね。

トリトンは本放送では見てませんでした(裏の『快傑ライオン丸』を見てたので)が、サンデーコミックス版の「著者のひとこと」で手塚氏が「テレビまんが版は全く別の作品」っていう断り書きを入れてて、子どもながらに「何か事情があるんだな」と感じましたっけ。今思えば、西崎氏に対する怒りを表してたんでしょうね。

一連のドラマ篇LPでは、冒頭に「新録音のナレーションまたはセリフ」+「ステレオ版レコードサイズ主題歌」が1トラックで入ってたので、そのCD版も出してほしいところです。「新造人間キャシャーン全曲集」のトラック1(「たたかえ! キャシャーン (アルバム・ヴァージョン) 」)がそんな復刻トラックの1つですが、なぜか、ヤマト、トリトン、ガッチャマンのは復刻されてないみたいなので。

ところで、『忍者部隊月光』とかは50年くらい経ってBGMが初めて商品化されてますし、スペクトルマンやライオン丸とかのピー・プロ作品もBGM集が未発売みたいなので、トリトンはまだラッキーな方なのかも。
  • 2016-05-11 08:29
  • JoJo
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[C53]

劇場版『宇宙戦艦ヤマト』のヒット以降、私はアニメ関連のイベントに片っ端から出かけたものです。そんな中、「星に想うスターシア」か何かの発表会で、西崎氏が「従来、アニメでは映像に比べて音楽が軽んじられてきたが、私は映像と音楽に半々の価値があると思っている」と語ってました。もちろん、その隣に宮川氏が座ってたので悪いことは言えなかったでしょうし、音楽で儲けようという腹づもりもあったんでしょうけどw、ワンサくんのことなども考えると、きっと長年にわたってそう思ってたんでしょうね。その後、ステレオ録音のサントラが当たり前のように発売されるようになりましたが、これは革命だったと思いますよ。
  • 2016-05-11 09:04
  • JoJo
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[C55] 管理人です

問題点を浮かび上がらせてくださるコメントをありがとうございました。西崎氏の功績は僕も認めておりますし、凄い人だったと思います(絶対に一緒に仕事はしたくありませんが・・・)。僕が問題としたかったのは著作権の問題で、これは西崎氏に限らない。冨田氏追悼文の次の回で触れたいと思います。

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36年の空白を超えて 「海のトリトン」

「海のトリトン」ドラマ篇LP1
「サウンドトラックLP:ドラマ篇 (CS-7044)」
平成27年、「海のトリトン」の劇判集が再発売された
日本コロンビアが永らく埋もれていた音源を「Columbia Sound Treasure Series」として発売を開始したのだが、その中の1枚だった。
それ以前に「海のトリトン」の劇判LPが発売されたのが昭和54年(1979年)のことだ。遡ること36年も前のことになるが、それ以来、一度も再発売されることはなかった。
若い方々に念を押しておくが、「海のトリトン」は決して不人気でもなければ、無名でもなかった。
昭和47年(1972年)に放送されたが、当時から高い評価を得ていた。世間に広く知られるところまではいかなかったが、中学生や高校生以上から支持を得ていたし、アニメ愛好家が同人誌活動を開始するきっかけにもなった作品の一つだった。
それに主題歌「海のトリトン」は現在も吹奏楽の定番曲になっており、甲子園大会を問わず、応援団の演奏を耳にする機会は多い。
ウィキペディア:海のトリトン アニメ史上における評価参照

この作品は昭和52年(1977年)劇場版「宇宙戦艦ヤマト」公開とともに加熱した第一次アニメ人気の時も、「過去の代表的名作」として真っ先に回顧された。
アニメージュ増刊ロマンアルバム叢書にも加えられたし、少年画報社からも特集本が出されていた。
集英社のコバルトシリーズからも小説化されて出版されたし、中途半端ながらも映画化もされた。
過去の名作として、「トリトン」は十分に人気があったのだ。
海のトリトン ロマンアルバム
海のトリトン 少年画報社
海のトリトン コバルトシリーズ
楽譜 QH 1358 海のトリトン(吹奏楽ヒット曲)

僕も初回放送の頃、「トリトン」を断片的に観ていた。
主題歌が最高だった。劇判も素敵だった。
問題の最終回を観たのが初回放送だったか、再放送でだったのかは覚えていない。でも、小学生の頃だったのはまちがいないと思う。
クソガキながら、僕は衝撃を受けた。正義のために戦っていたはずのトリトンが、ポセイドン族にとっては滅びをもたらす災厄の化身だったというこの結末は、今みても救いがない。
更にはその数年後にこれまた「ザンボット3」の最終回を観て、同様にうちのめされたりするわけだ。
後日。中学生になってアニメ人気の只中に突入した僕は、上に掲げた特集本は両方とも買った。映画も観に行った。そして、レコードも買った(カセットテープだったかもしれない)。

最初に発売された「海のトリトン」のLPは名場面集だった。歌と台詞と音楽で成り立っているのだが、劇判はどちらかというと脇役だった。
ところが、並みいる強豪を押しのけて、このレコードはオリコンLP番付で最大4位まで売れたのだそうだ(ウィキペディア記述参照)。
やがて劇場版が公開された昭和54年(1979年)になってようやく、劇判LPが発売された。
奇しくも「機動戦士ガンダム」の初回放送の年だった。(※1)

ちなみに今回コロンビアから復刻されたCDとLPのジャケット画は、この昭和54年発売のLPのものをそのまま使っている。
更に言えば、この画は劇場版のポスター用に羽根章悦が描き下ろしたものである。
さて。ここまではよかった。ところが、だ。
やがて昭和も60年代になり、音楽の主役がLPからCDに変わった。
時代は、音楽を巡る環境は、どんどん進んでいた。
果たして、いつになったら「トリトン」の劇判がCDとして発売されるのだろうかと、僕は待っていた。
しかし。
「イデオン」も相当に待ったものだが、「トリトン」はその比ではなかった。
まさか36年も待たされるとは思ってもみなかった。
36年と言えば、ハイハイしていた愛くるしいばかりの赤ん坊が、むさ苦しい親父に変貌し、それどころか中年太りが目立ち始めるくらいの年月である。
僕の場合で言えば、おたく少年がおたく青年に、おたく青年は変なおっさんとなり、やがて髪の毛に白髪が混じり、老眼で「ワンピース」の細かな絵面を見るのがつらい年齢となるくらいの年月だ。
あまりの年月の長さに、僕はすっかりあきらめていた。
「せめて手元のLPだけでも聞けるようにしとこう」と思い立ち、ほぼ「トリトン」のレコードを聴くためだけにLP再生機を買った。
それからも10年が過ぎている。
そんな具合に何の期待もなくなった昨年、突如としてCD発売が公示された。
虚を突かれて僕は「へ?」と思った。
嬉しいというより「やれやれ」という感覚の方が先にたったくらいだ。
36年も待たせたお詫びでもないだろうが、日本コロンビアは特別な計らいをしてくれた。
LPでの再発売と、ハイレゾ配信のおまけがついてきたのだ。僕はLPとCDの両方を大人買いした。

それにしても、なぜ36年もの間、再発売されなかったのか。
鈴木宏昌による音楽は、主題歌はもちろん、劇判も凄く素敵だ。
この音楽自体の魅力は、僕のような愛好家はもちろん、音源を保管・管理してきた日本コロンビアも十分に認めていたと思う。
日本コロンビアは平成15年(2003年)より「ANIMEX1200シリーズ」として、過去の音源を廉価版CDで再発売してきた。廉価版であるが故に、解説書などの資料がほとんど添付されていないが、それでも音楽を正規の音源で入手できることはとても重要だ。
過去の評価を見れば、「海のトリトン」は「ANIMEX1200シリーズ」から真っ先に登場すべき作品だったし、そうしたいという人も当時からいたはずだと思う。
今回の再発にしても、40年以上前のアニメの「モノラル音源」を、わざわざLPで再発したり、ハイレゾ配信しようというのだから、日本コロンビアには相当にこの音源に熱をいれた担当者がいるはずだ。多分、その担当者は今やそれなりの地位にいる人だと思うし、その人はもう、何十年も前からこの時を待っていたと想像される。叶わないことながら、一度、話を伺いたいと思う。

市場にもそれなりの需要はあった。レコード会社にも意欲はあった。
普通に考えれば、再発売に障壁はない。しかし、あまりに長い空白があった。
なぜだ?
考えうる要素があるとするならば、版権の保有者が再発売を許可しなかったからだろう。
ここで西崎義展が登場することになる。

「海のトリトン」が、手塚治虫、西崎義展、富野善幸(当時)の3つの異能者が接点を持った特別な作品だったという理解は周知のことと思う。
そして、この作品を語る時に避けて通れないのが「版権」を巡る問題だ。
手塚の原作でありながら、虫プロ末期に入社した西崎がその版権を手中に収め、裁判沙汰にすらなったことも、知る人ぞ知る物語である。
昨年、上梓された西崎の評伝では、西崎という人間は「版権=金」であることを誰よりも強く認識していたが故に、「トリトン」に限らず版権の獲得にこだわり、心血を注いだことが記されている。
虫プロの一社員に過ぎない立場の西崎は「海のトリトン」の権利を手中に収めた事実は、手塚を憤激させ、悲嘆にくれさせたという。(※2)

TOMINOSUKI / 富野愛好病:「「トリトン」から「ガンダム」への道 富野由悠季はいかにして西崎義展と訣別したのか」
失われた何か ヤマトの西崎義展氏と手塚治虫氏とガンダムの富野由悠季監督の関係~海のトリトンの頃
真佐美 ジュン 海のトリトン

一方で西崎は、音楽が作品の魅力を左右する要であることを、よく知る人物でもあった。
上述の著作によると、彼は歌謡ショーの興行主としてドサ周りをしていた時期があるそうだ。そして、彼は生涯を通じて、音楽と興行にこだわったように僕には感じられる。
彼の実績をみていけば、本質的には音楽を愛していた人であると感じられるのだ。
なぜなら、彼は音楽を主役にしようとしたし、音楽の質にもこだわったからだ。

ここで西崎を巡る作品群の一部について、簡単に年表でまとめてみよう。
 昭和46年(1971年)西崎、虫プロ商事の企画制作部長に就任。
  同年 手塚治虫原作のアニメ「ふしぎなメルモ」放送。
 昭和47年(1972年)「海のトリトン」放送。
 昭和48年(1973年)「ワンサくん」放送。
  同年 虫プロ倒産。
 昭和49年(1974年)「宇宙戦艦ヤマト」放送。
 昭和52年(1977年)劇場版「宇宙戦艦ヤマト」公開。アニメ人気が急騰。
 昭和53年(1978年)劇場版「さらば宇宙戦艦ヤマト・愛の戦士たち」公開。「ヤマト」人気が頂点に達する。
  同年 「海のトリトン」ドラマ篇LP発売。
 昭和54年(1979年)「機動戦士ガンダム」放送。
  同年 鈴木宏昌が自主製作版「TORITON」発売。
  同年 日本コロンビアより「海のトリトン」劇判LP発売。
  同年 劇場版「海のトリトン」(前半部分のみ)公開。
  同年 「宇宙空母ブルーノア」放送
 昭和55年(1980年) 「メーテルリンクの青い鳥 チルチルミチルの冒険旅行」放送。
 昭和60年(1985年)映画「オーディーン 光子帆船スターライト」公開。

音楽に関する西崎のこだわりは、既に「海のトリトン」で始まっていた。なぜなら、「たかがTVマンガ」の音楽に、バリバリのジャズ演奏者、鈴木宏昌とコルゲンバンドを引っ張ってきたからである。当時のアニメを巡る感覚からすれば、この人選からしてもはや常識を外れていたのではないだろうか。
更に西崎は昭和48年という時代に、あえてミュージカル(音楽劇)仕立てのアニメ「ワンサくん」を世に送り出している。
ミュージカルなのだから毎週のように新しい歌を作る必要があった。1回きりしか使用されない歌もあった。
製作にかかる手間暇とお金のことを考えると恐ろしくなる。
当時はおろか、いまからみても冒険そのものの番組だったし、ウィキペディアの記述を読めば、実際にその通りだったようだ。
小学低学年の僕も、その軽やかな歌と物語に魅了された。この作品もまた、僕は断片的にしか触れることができなかったのだが、一部を観るだけでも直観的に「このお話は楽しい」と感じられた。
ワンサくん自体は三和銀行の広告に使用されていたので、そこそこの知名度はあったろうが、アニメの方は一部の視聴者の記憶に留まるに過ぎなかったし、回顧される機会も皆無と言ってよいだろう。(※3)
よほどミュージカルにこだわりがあったのか、西崎は「ヤマト」で成功してからも、昭和54年(1980年)アニメ「青い鳥」で再挑戦している。だが、これもまた商売としては失敗だったようだ。やはりアニメ史に埋もれてしまい、ふり返られることはない。音源も死蔵された状態だ。



そうは言いながらも、西崎が音楽にこだわり、常識では成り立ちがたい「TVアニメでミュージカル」を2作品も実現させてしまったという実績は残った。それだけでも相当の情熱と突破力のある製作者だったのは間違いないと思う。

そんな西崎だから、成功作「ヤマト」の音楽にはことの外、力を注いだ。第一作目の劇判をわざわざ新たにステレオで録音し直し、「交響組曲 宇宙戦艦ヤマト」として世に問うたりした。
その後も「ヤマト」についてはレコードの種類も豊富だった。「ヤマトよ永遠に」などの後期の作品になると、音楽集が2枚くらい発売されるのが当たり前になっていた。
実際に作品で使用される音楽だけでなく、合唱組曲やディスコ版までレコードを作成した。
その後、彼が製作指揮した「ブルーノア」や「オーディーン」でも主題歌にはアニメ歌手ではなく、川崎麻世LOUDNESSなど、「世間に名前の知られている」歌手を引っ張ってきたりした。
必ず、何か工夫をした。それだけ音楽に強いこだわりを持っていた。
それだけ音楽に情熱を傾けたと言っていい西崎だが、結果として「トリトン」の音楽を封印に近い状態で放置することになってしまった。
なぜだ。
原因は、西崎の独善的な性格と、独占欲の強さではなかったのか、と僕は思う。



こんな話を知った。
昭和54年(1979年)の頃だ。日本コロンビアのドラマ篇がかなり売れたそうだが、今度は音楽のみのレコードを出してほしいと愛好家たちは熱望した。そこで作曲者の鈴木宏昌が、何と自分で再録音してしまったのだ。
鈴木や、この音源の製作を担当した椙山由美(あのすぎやまこういちの妹君であらせられる!)は、西崎にレコードにした時の画像使用を認めてもらおうとしたそうだが、頑ななまでに西崎は拒否したのだという。
椙山由美によれば、「いくら金を積んでも許可しない」と返事をしたという。
そんなわけでこのレコードは「トリトン」の画像も題字も使えないがために、「白ジャケット」という形式で発売されることとなった。5000枚限定で制作されたそうだ。
西崎が「うん」と言わなかったのはなぜか。「トリトン」について版権を巡って手塚ともめたりしたから、これ以上、事態をややこしくしたくなかった、という見方もできなくはない。
ところが、このLPが世に出たことが西崎の対抗心に火を点けたのだろうか。ちょうど劇場版が公開される時期でもあるが、間隙を突くようにコロンビアから正規の音源がLPとなって発売されたのだ。
そして、36年が過ぎた。
CDで再発しようという話は何度もあったのではないのか。
だが、この「事件」以降は、誰がどう話を持って行っても、西崎がこの音源の再発売を許可することはなかったと推測される。

なぜ、西崎は「トリトン」の音源の再発売を、それほどかたくなに拒んだのだろう。
推測を並べていけば、次の通りになる。
① 音楽にこだわりの強い西崎は、不十分な体制で作製されたモノラル音源の劇判を商品として認めていなかった。だから、許可しなかった。
② 手塚治虫、虫プロと版権問題で対立し、一応の決着は認めたものの、手塚側をあまり刺激したくなかった。
③ とにかく、何か気に食わないことがあって、臍を曲げていた。

ここで西崎の音楽のこだわりを示す、もう一つの例をあげよう。
ネット上でも何人か指摘されておられたが、「そういえば、初代ヤマトのTV用劇判も、なかなか発売されなかったね」という事実だ。
「宇宙戦艦ヤマト」第一作の音楽は、宮川泰が「これでもか」というくらい、馴染みやすく美しく、時に優しく時に勇ましい旋律を提供していた。劇場版が公開され、一気に人気が急騰した時、発売されたのが「交響組曲 宇宙戦艦ヤマト」だった。
中学生の僕も買いました。


かなり大人向けの編曲になっており、特に「真っ赤なスカーフ」の大人のダンスショーみたいな雰囲気には中学生の頃は戸惑ったことを覚えている。おっさんになった今は「いい曲だね~」と聴いているが。
でも、当時の青年世代のアニメ愛好家たちは不満を強く感じたという。「どうして、TV用の音源を発売してくれないのか」と。
特別講義「ガンダムが開拓したアニメサントラビジネス —スターチャイルド誕生前後のアニメ音楽業界史—」(講師:藤田純二(元・キングレコード)/司会:氷川竜介)受講レポート
似たような事例だが、伊福部昭の特撮映画用に作曲した音源がLPとして発売される際にも、愛好家たちは元のモノラル音源で発売されることを望んだそうだ。
作品を愛する人の心理とはそういうものなのである。
西崎など、発売する側からみれば、「よりよい音で、より洗練された編曲で発売したい」と考えたのかもしれないが、商品を受け取る側からすれば、「余計なお世話であり、それは自分たちが欲しい商品ではない」という気持ちだったようだ。
それでも、「ヤマト」は多少の時間はかかったものの、やがてコロンビアから正規の音源がLPでもCDでも発売されたので、まだよかった。
ところが「トリトン」はそうはならなかった。封印されたに等しい状態だった。
もはやTVアニメだってステレオで劇判が録音される時代に、モノラル音源の素材を発売できるかよと、西崎は考えたのだろうか。
それを言うなら、鈴木が再録音したステレオ盤はどうなるのか。
残念ながら原本テープが紛失されたため、平成26年に再発売されたCDはLPからの「板起こし」だが、音質は悪くない。これはこれで非のつけようがない演奏だ。
「トリトン」の音楽は「ヤマト」とは異なり、ジャズが基礎となっている。ジャズは演奏者によって趣が大きく変わる。原盤の雰囲気を尊重するなら、鈴木によるこの録音が申し分ないのは言うまでもない。せっかく録音してくれたのだからと、鈴木たちの再録音盤を公式な商品として認めてもよかったはずだ。
ところが、認めるどころか、そんなに資金もあろうはずもない零細企業(蛙プロダクション)に対して「いくら金を積んでも許可しない」とごねたという。「意地悪か!?」としか言いようのない対応ではないか。
自分が手塚と版権でもめていたから、これ以上、事態をややこしくしたくなかった、という見方もできないことはない。だが、それなら同じ年になぜ、TV音源版を発売したのか。「いやがらせか!?」と、感じてしまう。
結局、
自分が手に入れた物(版権)は自分の裁量でのみ、商品化する。
それ以外の人間の考えなど受け入れない。
西崎の独善性がそうさせたのではないかという推測が、僕には一番、納得できるのである。

「海のトリトン」はアニメ世上の高い評価にも関わらず、作品そのものも不遇な扱いとなっている。
まず、作品のフィルムの保管状態が危ぶまれるのだ。
僕はレーザーディスクしか持っていないが、これだって平成2年(1990年)、もう26年も前に発売されたものである。
ところが、この中に収録された主題曲映像の劣化が相当に進んでいるのだ。
予告のフィルムすらきちんと保管されていなかったようで、愛好家がUマチック方式という太古のビデオテープで録画していた映像を収録している有様だった。
後日、DVDで再発売された際は更に状況が悪化していたのか、LDには収録されていた映像が一部、割愛されるという事態になったのだそうだ。
果たして、今や現在のフィルムの状態はどうなっているのか。
想像すると、悲しい気持ちにしかならない。
(この項、少し続く)

「海のトリトン」ドラマ篇LP2

※1)ウィキペディア文中の「サウンドトラック(CS-7044)」LPとはドラマ篇のこと。
※2)「トリトン」や「ヤマト」の版権を巡る裁判を含む争いについて、西崎を擁護をする立場のHPがある。
「宇宙戦艦ヤマト」ファンサイト The Nine Rooms
※3)今年の夏、ミュージカル劇として復活するそうである。びっくりである。
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トリトンは本放送では見てませんでした(裏の『快傑ライオン丸』を見てたので)が、サンデーコミックス版の「著者のひとこと」で手塚氏が「テレビまんが版は全く別の作品」っていう断り書きを入れてて、子どもながらに「何か事情があるんだな」と感じましたっけ。今思えば、西崎氏に対する怒りを表してたんでしょうね。

一連のドラマ篇LPでは、冒頭に「新録音のナレーションまたはセリフ」+「ステレオ版レコードサイズ主題歌」が1トラックで入ってたので、そのCD版も出してほしいところです。「新造人間キャシャーン全曲集」のトラック1(「たたかえ! キャシャーン (アルバム・ヴァージョン) 」)がそんな復刻トラックの1つですが、なぜか、ヤマト、トリトン、ガッチャマンのは復刻されてないみたいなので。

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  • 2016-05-11 08:29
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  • 2016-05-11 09:04
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問題点を浮かび上がらせてくださるコメントをありがとうございました。西崎氏の功績は僕も認めておりますし、凄い人だったと思います(絶対に一緒に仕事はしたくありませんが・・・)。僕が問題としたかったのは著作権の問題で、これは西崎氏に限らない。冨田氏追悼文の次の回で触れたいと思います。

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