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[C74]

いつも興味深い考察をありがとうございます。

ロビンの「第2節は女性の独唱」ですか…。私はてっきり声変わり前の男の子だと思ってました。里見京子の声が浮かんで来ないので、あとでビデオでも探してみます。宇野誠一郎夫人なので歌も上手かった可能性大いにありですよね。
  • 2016-07-16 06:33
  • JoJo
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[C75]

腹巻猫さんのツイートにアニメ音楽の研究本の話題が出ています。
https://twitter.com/haramakineko/status/762455726656589824
  • 2016-08-09 00:34
  • JoJo
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[C76] 管理人です

JoJoさん、いつも貴重な情報と励ましのコメントをいただき、心から御礼申し上げます。
腹巻猫さんはコミケで研究本を出しておられたのですね。なるほど、同人誌なら著作権問題を回避できそうです。
私は生まれてこのかた、コミケ会場に足を踏み入れる機会も時間もなかったものですから、同人誌という媒体はすっかり頭から抜けていました。
腹巻猫さんの本はぜひ読みたいところですが、私には無理ですね。でも、いつかどこかの出版社から広く発売されたらいいなと夢を語っておきましょう。

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かわいいトリトン 孤独なトリトン

「ヨシユキは、難しいことをいうけれど、そうじゃないのよ。トリトンの人気はね、トリトンが可愛いからよ。それだけ・・・」

富野善幸(当時)の妻、亜阿子さんの言葉である。彼の自伝「だから僕は・・・」より引用した。

「海のトリトン」本編は昭和47年、朝日放送系列で放送された。
当初は主題歌映像が間に合わず、海中を遊泳する魚群の映像が流されていた。
主題歌も、当初は別の歌が使用されていた。僕も観た記憶がある。
世間的な人気は出なかったという。だからか、半年(全27話)で放送を終了している。
「打ち切りの富野」の伝説は既にここから始まったというわけだ。

もっとも、実際に打ち切りにあったり、監督(演出)を降板させられたのは、
「勇者ライディーン」(昭和50年 長浜忠夫に交代)
「機動戦士ガンダム」(昭和54年 打ち切り)
「伝説巨神イデオン」(昭和55年 打ち切り)
の3作品である。「トリトン」を打ち切りといっていいのかはわからない。
しかし、広い意味での「打ち切り」なると、
劇場版(F91)だけが公開され、TV版が没になった「クロスボーン・ガンダム」(平成3年)
あとはこれを最後に更迭された「Vガンダム」(平成5年)
がある。けっこう多いな。

しかし、「トリトン」はいわゆるマニア層(熱狂的な愛好家)を産み出した。
実際を詳しく語れる、具体的な資料はないが、僕の記憶を紐解いてみる。
「宇宙戦艦ヤマト」による第一次アニメ人気の時(昭和53年頃)、「トリトン」の放送から6年程度が経過していた。当時はアニメ雑誌にも同人誌(ファンジン)を紹介する頁があって、「トリトン」関連の同人誌もよく見かけたように思う。
以前の記事でも紹介したように、「過去の名作」として、ロマンアルバムなどでも取り上げられていた。
主な支持層は女性陣だったという。実際のところはわからないが、そう伝え聞いている。
そして、改めてこの作品を観ると、実際そうであったのだろうと納得できるのだ。

第一話「海が呼ぶ少年」で登場したトリトンは、孤独そのものだった。
トリトンは海辺の洞穴に置き去りにされた赤ん坊だった。それを漁師の一平がみつけ、育てる決意をする。
しかし、「海人が捨てた忌まわしい子供」「緑の髪の悪魔の子供」と、邪悪な存在と見なされた。
成長し、13歳になったトリトンだが、一平以外の村人からは忌まわしがられ、虐げられ、孤独であった。
その孤独な少年のもとに白いイルカ(ルカー)が現れ、「あなたはトリトン族の生き残りなのです」と語りかけてくる。
異質な存在による、異世界への、旅立ちへの誘い。
英雄譚の基本構造である。
一平が隠していたトリトン族の衣装と、そしてオリハルコンの剣。
鞘から抜かれたオリハルコンは、神秘的な輝きを放ち、トリトンに、もはや普通の生活を送ること叶わぬと、言外に伝えるのだった。
トリトンの存在を察知したポセイドン族は怪獣を刺客として放ち、トリトンが住む村に災厄をもたらした。
もう、ここには住めない。トリトンはルカーと協力して、怪獣を倒す。崩れ落ちる岬の巨大な岩に、怪獣は押しつぶされて死ぬ。
白いイルカにまたがり、水平線へと去りゆくトリトンを、一平が呼び戻そうとする。何度もトリトンの名前を叫ぶ。
ただ一人、愛情を尽くしてくれた人の涙ながらの声を振り切って、トリトンは旅立つことを決意する。
しかし、涙があふれてくるのをこらえきれない。
「ごめんよ、じっちゃん。ごめんよ」
ルカーの背びれにしがみつき、滔々と涙を流す、13歳の緑色の髪の少年。

今、こうしてみてみると、当時、トリトンに心を鷲づかみにされた女子たちがいたのも肯ける。
かわいそうだよね。
健気だよね。
かわいいよね。
僕でもそう思う。
富野はトリトン族とポセイドン族の抗争劇を、メルヘンタッチに描くことを目指しつつ、両者の対立そのものについて、「いずれが善であり、いずれが悪である」と単純に断定できるのか、という問いかけを仕掛けていった。
でも、妻の言うがごとく、「トリトンの人気は、トリトンが可愛かったから」という指摘もまた、図星なのである。

「海のトリトン」以前に、女子たちの寵愛の対象となりうる作品として、「レインボー戦隊ロビン」があった。
「海のトリトン」よりも6年前、昭和41年に放送された単色作品だ。極初期の作品だから、僕ですら、「懐かしアニメ」を取り上げる番組で紹介された映像しか知らない。


原作と製作には「サイボーグ009」を既に発表し、東映動画とも提携を成功させていた石ノ森章太郎も関わっていた。彼を含むトキワ荘の漫画家たちが、アニメを作るために立ち上げたスタジオ・ゼロの作品である。
この作品もそれなりに人気があって、第一次アニメ人気の時にもよく回顧されていた。
同人誌の紹介も時々見かけたし、ロマンアルバも発売された。

トリトンと同様に女性人気が高かった。
そして、「ロビン」もまた、意図的かどうかわからないが、女性人気が高まりそうな仕掛けが多数、施されていた。
ロビンの両親は、彼が幼い頃に、敵陣の捕虜となっていた。
だから、ロビンは子供の頃から母親似のアンドロイドに育てられていた。アンドロイドはリリと言う名前で、看護師の役目も果たしていた。
リリのような存在を必要とする少年主人公。
その設定自体が、女性心をくすぐったのではないか?
リリには母親—看護師に加えて、あるいは伴侶の役割すらあったかもしれない。
女性が好きな男子を完全に独占できる属性を、リリは全て兼ね備えていたのだ。
自分をリリに見立てれば、ロビンを独占できる。
「一人ぼっちのロビン」を、自分だけが慈しむことができる。

ロビンにはレインボー戦隊と言うアンドロイドの仲間がつき従っていた。物語上、人間以上に人間らしい人工知能を持っている。
レインボー戦隊はロビンにとって、擬似家族である。
だが、人間が彼一人と言うのは、やはりどこかしら孤独を感じさせるのだ。

そして、ロビンには、必殺技であるミラクルノヴァと言う武器を使うと、寿命が3年縮まると言う設定もなされていた。
自分の命を削ってまで地球を守る少年
両親を敵陣に囚われた孤独な少年
この人物設定は、昭和40年代前半の女子たちの、心の琴線に触れたようだった。
ロビンの人物造形も、なんとなく少年と言うよりは少女に近い印象であり、宝塚歌劇を思わせる。

僕は本編は見たことがないが、主題歌は何度も耳にした。
「レインボー戦隊ロビン」作詞:飯島敬、作曲:服部公一、歌:レインボーハーモニーの布陣である。
ネットで検索できる歌詞と、実際の歌詞が異なるようなので、TV放送版を引用する。

第1節
エネルギー噴射 スピードを上げろ
大空に虹をかけ 行くぞわれらの レインボー戦隊
地球を守る

第2節
正義の瞳 ロビン たくましい心 ロビン
地球を愛するロビン レインボー戦隊ロビン

第3節
エネルギー噴射 レイガン用意
押し寄せる敵の軍 やるぞ我らのレインボー戦隊
平和を守る
ロビン


僕はこの主題歌からも、飯島と服部の巧妙な仕掛けを感じる。
第1節と第3節は合唱曲になっている。男性合唱で力強い。
しかし、第2節は女性の独唱になっている。
歌唱はレインボーハーモニーとしか記録されていないが、おそらく主人公のロビンを演じた里見京子が歌っているのではないか。
男性合唱の後に里美の女性の独唱が続くと、どことなくロビンの儚げで健気な様が強調されるような気持ちになる。
それだけではない。第1節と第3節の男性合唱では、音階が上がっていく、開放的な旋律だ。他方、第2節は音階が下がっていく、内省的な旋律であり、それ故にロビンの本当の気持ち(寂しさ)を表しているようにも思われる。

当時、「異能なる超常者」が地球の平和を守るという設定が乱立し、大同小異の物語が列をなした当時のアニメ作品の中で、「レインボー戦隊ロビン」は、比較的息の長い支持を得たと言えよう。
それは一重に、女子の慈愛を惹きつける仕掛けがかくの如く、散りばめられていたからだと、僕は思う。(※1)

さて、「海のトリトン」にいたっては、「ロビン」を上回る仕掛けが、盛り込まれていった。
最も際立つのは、その緑の髪の色だ。
色彩によって主人公を引き立たせることができる時代になっていた。
今時は、緑どころか、髪の色くらいで他作品と差別化できるような時代ではなくなったかもしれない。
だが、「トリトン」は、劇中でも髪の色の異常性を強調して、主人公と「普通の人」との「断絶」を観る者に突きつけていた。

人物造形は羽根章悦。「トリトン」とちょうど同時期に、大人気となった「マジンガーZ」の人物造形も担当している。
トリトンの造形は、羽根としても異例だったのではないだろうか。
というのも、彼の人物造形は、荒々しさを抑えた、洗練された描線によって生みだされているが、本来的に写実性を重んじたものなのである。それがどこに現れているかというと、目の大きさである。
「マジンガーZ」にしても「宇宙空母ブルーノア」にしても、目の大きさは写実性優先だ。
だが、トリトンはというと、少女漫画のような大きな目と瞳を与えられている。劇中で同じ目の大きさをしているのは、ピピだけなのだ。他の登場人物は、子供いえど、トリトンほど目立った目の大きさではない。
トリトンには「少女のような大きな目」が与えられた。
羽根造形三態
出典
講談社「鉄(くろがね)の城 マジンガーZ解体新書 赤星政尚著 1998年
コロンビア ドラマ編LPレコード「海のトリトン」(CS-7044)解説書より 1978年
コロンビア オリジナル・サウンドトラックLP盤「TVサウンドトラック 宇宙空母・ブルーノア」(CBS 25AH 918)解説書より 1979年


後日、「トリトン」が小説化され時、羽根は普通の大きさの目を、改めてトリトンに与えている。ピピも含めて大人びた様子をしていた。13歳というより、10代後半から20歳前後の印象だ。
なぜ、造形を変えたのか? コバルトシリーズの読者の年齢層を意識したのだろうか。
集英社文庫「海のトリトン」
出典:集英社文庫 コバルトシリーズ「海のトリトン」 若桜木 虔著(原作 手塚治虫) 画 羽根章悦

そして、今もって奇跡的と言えるのが、声優との巡り合わせである。
少年役を女性が演じることがほとんどだった時代に、役柄そのままに14歳の少年である塩屋翼がトリトンを演じたのだ。
演技力が問われるからだろうが、子役は女性が演じることが多い。
それだけではない。
現実の少年たちは「声変わり」をする。そうなると、役の印象が全く変わってしまう。
だから、少年を少年が演じることは、一種の禁忌なのかもしれない。
今でも状況は変わらないのではないか?
ところが、昭和47年の時代、塩屋がそれを破った。
塩屋の声による、少年の生々しい怒り、嘆き、喜びの感情が、観る者の耳をくすぐったのだ。
その生々しさもまた、女子たちの慈愛の対象となっただろう。
現実のがさつで、粗暴で、威張り散らす男子と異なり、永遠に声変わりをしない、永遠に繊細な少年としてのトリトンを、女子たちはジャニーズのアイドルたちを見るように、見つめていたのかもしれない。

少年役を女性が演じるという不文律を破って、塩屋が配役された事情は、以下のブログで推測されている。音響監督による抜擢だったのかもしれないと。
西崎義展が直接、関わったわけではないようだ。
『スキップ気分』 塩屋 翼さん

塩屋は更に同時期、「科学忍者隊ガッチャマン」のつばくろの甚平役もこなすことになる。この役を「ガッチャマン3部作」を通じて演じたのち、彼は「イデオン」でユウキ・コスモを演じ、可愛いのでもない、勇ましいのでもない、決して格好いいのでもない、独特の生々しい存在感を持つ少年像を演じきった。その演技の素晴らしさを言葉で語るのは難しい。
そのような役者との巡り合わせも、トリトンの魅力の一つなのだ。(※2)

やがて、遅れていた主題歌映像が完成する。
ハッタリ十分の曲を聴いて、富野は奮起してコンテを切ったという。
そこに描かれたトリトンは、「元気で可愛くて、そして儚げな」少年そのものだった。
ルカーの上で危なっかしく姿勢を崩すトリトン。
まるで幼な子が歩き出すのを見守るような気分にさせられる。
海の中を駆け巡り、燦然と輝く光を目指すトリトン。
颯爽と崖から舞い降りるトリトン。
愛しい我が子が、冒険へと旅立つのを見送る気分にさせられる。

ルカーの存在は、さりげなくトリトンの幼さを際立たせていた。
ルカーは事あるごとに、トリトンに民族再建を謳いながらも、口やかましく、あれをしてはいけない、これをしてはいけないとお説教をする。
そして、トリトンの危機にはオロオロしながら、何とかトリトンを守ろうとする。
トリトンにはオリハルコンの剣があり、これが「父親」の隠喩であるなら、ルカーは母親そのものだった。
ただし、盲目的であるだけでなく、必ずしも賢明ではなかったが。
そんなルカーに乗ったトリトンは、実は彼女にしがみつくようにしている構図も多かった。特に第1話ではそうだった。
その様は、母親にしがみつく乳幼児そのままなのだ。
口では生意気を言うくせに、困った時には「お母さ~ん」と泣きついてくる、男の子の隠喩にも思われ、そうしたトリトンの「ツンデレ」ぶりも、女子人気を高めたと思う。

だが、やはりトリトンもまた、ロビンと同様に孤独で、重過ぎる運命を背負わされていたことが、女子の母性を刺激したのだろう。

一平を除く人間に疎まれ、声だけの両親には愛情よりも先に民族再建を命ぜられ、周りは姦しいイルカだらけ。化物どもに「マジ、殺す‼」と狙われ、挙句の果てにはクソ生意気でワガママな人魚がたった一人の身内かつ、女性かつ、未来の嫁さん・・・かもしれないというのだ。
ドラエモン出現前の、ジャイ子と結婚する未来が待っていたのび太を遥かに上回る不幸ぶりである。

大海原を舞台に、たった一人、少年が、さすらい彷徨い、人らしいと見えても姿は人魚で、しかもかんしゃく持ちの娘を連れて、生きるか死ぬかの戦いの海路を進む物語である。
五十路を迎えた僕でも、「うん、お前、辛いな」と感じさせられる。

確かにトリトンは可愛かった。亜阿子さんの言う通りだ。
だが、いっときの人気で終わらず、今もこの少年の人生が
忘れられないのは、富野が課した、悲痛な彼の運命があるからだ。
可愛いだけでは、永遠の思い出にはなりえない。

水平線の向こうには 夢の世界があるのだろう

僕たちは、トリトンが「夢の世界」にたどり着くことを願った。
だが、実際はどうだったか。
物語が語った以上に、残酷な結末を彼が迎えたのかもしれないという認識を、僕は伝える覚悟である。
その前に、次回は永遠の冒険歌「GO!GO! トリトン」に刻まれた物語を伝えたい。

※1)BS夜話で「ロビン」との対比も語られたとか
アクエリアス BSアニメ夜話 海のトリトン/BLEACH208話
BS夜話の紹介記事
TOMINOSUKI / 富野愛好病  アニメ夜話『海のトリトン』の紹
「ロビン」関連のお話↓
WEBアニメスタイル 「編集長のコラム」 小黒祐一郎 第22回「芹川脚本の『レインボー戦隊 ロビン』」
猿を呼べ レインボー戦隊ロビンの想い出
※2)塩谷翼関連の記事をいくつか紹介しておく
超×2伝説のプログ アべまTVの塩谷翼
TONOSANの日常 海のトリトン 塩屋翼君その2 アイアンキング24話
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  • 2016-07-16 06:33
  • JoJo
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腹巻猫さんのツイートにアニメ音楽の研究本の話題が出ています。
https://twitter.com/haramakineko/status/762455726656589824
  • 2016-08-09 00:34
  • JoJo
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