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響け哀感の歌 宇宙の星よ永遠に・・・(改訂版)

以下の記事は平成22年10月15日付で公開したものです。今回、著作権法(DMCA法)違反の指摘を受け、平成28年8月3日に元の記事は凍結となりました。
歌詞の引用が抵触したものとみなして、この点を訂正して再登録しました。
今回の指摘を機に、歌詞の引用を含めて対応してまいります。




ザンボット3の音楽を担当したのは以前にも触れたように渡辺岳夫だ。
僕の中での渡辺岳夫は、ガンダムの印象があまりに強いので、もっと多数のロボットアニメ番組に作曲したかと思っていた。しかし、彼が作曲したロボット番組は、実は富野3部作だけだった。
ガンダムの後番組である「無敵ロボ・トライダーG7」の作曲を、ついこの前まで渡辺作曲と勘違いしていたが、茅蔵人という人であった。茅氏には失礼をずっとしていた次第。「トライダーG7」の主題歌は理屈抜きで楽しめる名曲だ。

ザンボットまでの渡辺の主なアニメ作品は、「巨人の星」などのスポ根物、「キューティーハニー」などの東映女子向け作品、そして「ハイジ」他の名作物だった。なにしろ、渡辺宙明と菊池俊輔という2大作曲家が、一手にロボットアニメと東映特撮ヒーロー作品の音楽を担って量産していた時代である。小林亜星もいたりして、錚々たる方々がアニメ音楽を作曲していたのだ。渡辺岳夫にしても、わざわざロボットアニメを作曲せずとも次々と仕事が舞い込み、多忙極まりない状態だったと思われる。彼の業績を記録した「作曲家・渡辺岳夫の肖像」の巻末の作曲一覧をみればわかる。
「20年目のザンボット3」136頁から139頁にかけて、「ザンボット3とその音楽」という文章があって、その一部に渡辺は暴力的な作品を好まなかった=だから戦闘場面の多い巨大ロボット物はあえて作曲を望まなかった、のではないかという記述がある。
その渡辺を口説いてザンボット3の作曲を依頼したのは、富野監督であるらしい。有名な逸話だが、「僕はハイジの音楽が大好きなんです、だから渡辺先生に作曲してほしいんです」という旨の口説き方をしたらしい。
はたして、その結果は幸福な出会いとなり、劇場用ガンダムに連なる充実した作品群が生み出されることとなった。

ザンボット3の音楽の印象を一言で述べれば、「勇ましいのに、どこかしら寂しさ哀しさがにじみ出ている」というものになる。それは主題歌からしてそうだった。
主題歌「行け! ザンボット3」は作詞サンライズ企画室(実は富野監督自身)、作曲渡辺岳夫、編曲松山裕士、歌唱堀光一路の布陣。

うたまっぷ.com 行け! ザンボット3

上の歌詞の前の導入部として、「ザザン ザーザザン」という女性コーラスが繰り返し収録されており、一種独特の雰囲気がある。そしてこの歌の旋律は渡辺宙明や菊池俊輔のそれと比べれば、いや、後年のガンダムと比べてみても、哀調が滲み出ている。
たぶん、渡辺はあえて勇壮さに哀感を含めた旋律展開にしていると思われる。物語の内容の説明を受けて、ただかっこいいだけの音楽では物語と調和しないと考えたのではないだろうか。楽譜をよめる人の解説によると、転調を繰り返すけっこう複雑な旋律構成とのことだ。
サビの「戦え われらの われらの仲間」というくだりも、聴いていると泣いているように思えて仕方がない。「広い宇宙へはばたいてゆけ」の締めも、まるで悲しい運命が待っているのを知りながら、どうにもできず見送るしかない人が歌っているような感覚に襲われる。
ガンダムの「銀河へ向かって翔べよ ガンダム 機動戦士ガンダム」の高らかに歌いあげる勇壮さと比べると、これが同じ作曲家によるものかとすら思えてしまう。
過酷な運命に旅立つ者に捧げる歌。それが僕の「行け! ザンボット3」に抱く印象だ。

これを歌った堀光一路(ほり こういちろ)は、恐らく当時、キングレコードに専属契約をしていただろう歌手だ。ウィキペディアにも項目が設けられ、わずかだが記載がある。しかし、ウィキペディアにも記されているように、この人が歌った曲というのは極わずかだ。ザンボット3の主題歌と副主題歌以外でオリジナルと言える歌は、「シャアがくる」くらいなのだ。
堀の声質は子門正人※に似た、一見、抑揚を抑えた均質なものだ。過剰な強弱を抑えることによって、この歌の哀しさをさりげなく際立たせることに成功している。恐らく、副主題歌の歌い方とは異なっているので、意図したのではないかと思える。

劇判音楽(BGM)についても触れておこう。僕の手元にあるのは1987年に発売されたダイターン3とのカップリングによるベスト盤で、当然、絶盤なのだが、現在は完全収録盤が発売されているので心配ない。
ザンボット3の劇判音楽は1977年当時、ちょうど、アニメブームによって劇判音楽が変わろうとした直前の時代の産物だ。主題歌以外はモノラル録音で、編成も小さいし、1曲も1分程度と短い。それで「音楽」が成り立つのか? 我々以外の世代にお勧めできると言えるのか? 正直、僕は悩ましかった。資料的価値にとどまると言われても仕方がないかもしれない。

だが、この稿を書くために改めて聴いてみると、これが相当に聴けてしまう。編成は小さいのだが、それをあまり感じさせずに聴かせてしまう。渡辺岳夫と松山裕士のうまさを感じずにはいられない。

ザンボットの音楽で僕がすぐに思い出すのは、「キングビアル」のテーマだ。困ったことに僕の手元のCDにはなぜか音楽番号がしるされていないし、現役のCDではどうも曲名が変えられてしまっているのだが、現役盤にも「キングビアル」と題された曲が多数収録されているので、その中のどれかであることには違いがないだろう。たぶん、聴けばすぐにこれだとわかる雄々しくも繊細な曲だ。
コントラバス(チェロか?)ではないかと思われる非常に低い絃のトレモロ(小刻み奏法)の中から浮かび上がるようにブラスの重厚な旋律が歌われて始まる。そこに更にトランペットが加わって霧がさめるような音の広がりが生まれた後、静かなピアノの伴奏が始まり、鎮魂めいた雰囲気で終わっていく。作曲者も曲の構成ももちろん全く異なるのだが、この曲の後半を聴いていると、「海のトリトン」で回想シーンによく流されていたBGM思い出す。いずれも静けさにあふれている点で共通している。
この曲はわずか1分前後に過ぎない。しかし、冒頭を聴いただけで「キングビアル!!」と思わせるだけの力を持ちながら、一転して静けさに満ちた世界に誘うという、凝縮された世界が構築されている。たった1分で!! この密度はまるで短歌か俳句のようだ。

次に忘れられないのが、僕のCDで「決戦」と題された曲だ。これもブラスが重々しく、つぶやくような旋律を奏で、哀しさで戦場を満たすような感覚になる。これも途中から別のブラスやフルート、ピアノも加わって編成を拡大し、死者を弔うように奏されて終わる。「キングビアル」と並んで、ザンボット3といえばこの曲が思い出されるのだ。哀しいことに、ザンボット3とはそうした音楽と連なって記憶される物語ということだった。

「宇宙の神秘」は最新のCDではどのようなタイトルで収められているのだろうか。シンセサイザーと思われる静かな音がしばらく続いた後、すっとバイオリンが加わって終わる。優しさに満ちた曲である。
他にも主題歌、副主題歌の旋律を使用した曲もいくつかあるが、どれも編曲がうまく、つい聴き惚れてしまう佳曲に仕上がっている。
CDの紹介については渡辺岳夫関連のHP (先の渡辺岳夫の肖像製作にも参加した方がたちあげている)でも解説があり、丁寧に最新情報が更新されている。ザンボット3に限らず、渡辺岳夫に興味をもたれた方は是非、ご覧になるとよいだろう。
渡辺岳夫ホームページ

しかし、先にも述べたように「若い世代に伝える意義はあるのだろうか」という気持ちは正直、ある。だが、こうして改めて聴いているとしみじみと渡辺と松山の二人による劇判音楽は、小ぶりを逆手に凝縮した内容になっていて、聴きあきない。というか、前述したキングビアルや決戦の曲以外にも「こんなによかったっけ!?」という曲が次々と出てくる。
たぶん、富野監督はこの「哀感」を求めていたのではないだろうか。自分が原作も含めてゼロから立ち上げた物語の凄惨さを癒してくれる曲を求めていたから、ハイジにみられたような優しさを音色にできる渡辺岳夫を選んだのかもしれない。戦闘物としての緊張感と、戦いの哀感を同時に伝えてほしいと願ったから、渡辺岳夫だったのかもしれない。
もし、興味があったら、先ずザンボット3本編を見てほしい。そして、BGMの魅力があなたを捉えたなら、CDも聴いてみてほしい。
インターネットのバンダイチャンネルなら、全話をみても平成22年10月11日の時点で1617円と格安だ(視聴期間30日。ただいま30%値下げでこの価格とのことだ)。

最後に副主題歌「宇宙の星よ 永遠に」について触れておきたい。
この歌は時代を超えて残されてほしい素晴らしい名曲だ。たぶん僕は、年老いてもつい聴いてしまい、口ずさんでしまうことだろう。主題歌と同じく、作詞サンライズ企画室(実は富野監督自身)、作曲渡辺岳夫、編曲松山裕士、歌唱堀光一路の布陣。

この歌は導入もなく、いきなり歌とギターの伴奏で始まる。

うたまっぷ.com  宇宙の星よ永遠に

ここでの堀の歌唱は見事で、歌の求める静けさと透明感が彼の声によく顕れている。主題歌とは打って変わって、絶妙な抑揚をつけ、この歌にこめられた思いを明らかにしていく。途中、伴奏に加わるシンセサイザーの音色はまるで平和の鐘を鳴らしているかのように聞こえる。穏やかで優しげな鐘。それは戦争が終わった後、平和を取り戻した街に響く鐘の音なのかもしれない。1番が終わった後の間奏も、思い出を走馬灯で見るような穏やかで静かな旋律が奏でられていく。お盆の夜の灯篭流しの印象と言えばよいのか。

TVで歌の背景に使用されたイラストは、神一族が晴れた夜空を皆で見上げており、傍らにはザンボット3の巨体がたたずんでいる。天は星々のきらめきで満たされ、暁色の色調で統一された画面は、いつまでも記憶に残る美しいものであった。
2番の歌詞は最終回のラストで流され、目覚める勝平とともに物語の終わりを告げる。

だが、この歌は美しいが哀しい。ここで歌われているものは、失われたものがほとんどだから。特に劇中では父も、平和も、愛も、友も、正義も、仲間も失われた。取り戻したものもあるが、取り返せなかった犠牲も数知れない。
最後に勝平の生還を迎えた人々の中にも、日和見を決め込んでいた者も少なくないはずだ。それは富野監督自身が意識し、意図して画面に配している。
大半の人々は、勝平が勝ったから受け入れたに過ぎない。仮にガイゾックに敗北し、明日、自分たちが死ぬことになる日が来たとしても、それでも勝平の生還を喜ぶ人は、ほんのわずかに過ぎない。救いはそれでも勝平を支える人々(ミチと香月真吾)がいることだろう。

今、改めて、僕は「33年目のザンボット3」を噛みしめている。




※堀光一路についての録音を巡る逸話は、例えば下記のHPでも楽しめる。
⇒ http://cd-princess.moe-nifty.com/soundtrack/cat82003/index.html 
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