Entries

西崎義展氏の死

img015_convert_20101109001026.jpg
西崎義展氏がこの世を去った。唐突な訃報だった。
もちろん、血縁者でもない限り訃報とは突然にくるものだ。
「宇宙戦艦ヤマト」は復活編が昨年、公開されたにも関わらず、僕は観る機会を得なかったし、ましてや西崎氏のことを意識することは日常、あるはずもない。
だが、改めて時代の変遷を思わずにはいられない。
僕たち40歳代のアニメファンにとって、西崎義展といえば、言うまでもなく「宇宙戦艦ヤマト」の敏腕プロデューサーである。彼はヤマトに先立って、「海のトリトン」や「ワンサくん」という手塚治虫原作のアニメを製作し、それぞれ独特の作品に仕上げていた。トリトンは富野善幸の世界観が色濃く反映された作品第一号であろうし、ワンサくんはTVアニメでミュージカルを行うという冒険心に富んだしゃれた逸品であった。
そして、何といっても「宇宙戦艦ヤマト」の劇場用を商業的に大成功させ、商品としての日本の商業アニメを地位を押し上げ、市場を拡大し、劇場用アニメ、それもTV作品の劇場用アニメが充分に商売になることを立証してみせた。あまつさえ、続編であり、しかも劇場用オリジナルである「さらば宇宙戦艦ヤマト・愛の戦士たち」の興行的大成功は、後続の作品の企画が実現する際に、どれだけの恩恵をもたらしたか計りしれぬほどだ。
ヤマトの成功がなければ、ガンダムの成功もなかったかもしれない。
そもそもガンダムで追求された本物らしさは、ヤマトを凌駕するために志されたものだった。
劇場用ヤマトの成功がなければ、TV版ガンダムを再編集し、更に新たな描きおろしを加えてまでの三部作など実現しなかっただろう。
そういう観点から、ヤマトは偉大だった。これを製作、成功させた西崎氏も改めて評価されるべきだ。
だが、彼はヤマトシリーズ以外で成功を得ることはなかった。
「宇宙空母ブルーノア」は2時間のスペシャル番組で開始されたが、人気を得られなかった。「SF考証」を依頼した作家には、まるでなっていなかったとこきおろされた。川崎麻世の歌った主題歌も今いち盛り上がらなかった。
「オーディーン光子帆船スターライト」は湖川友謙をキャラクターデザインに迎え、当時の人気バンド・ラウドネスに主題歌を依頼したが、やはり盛り上がらなかった。
船を拠点に若者が悪い宇宙人と戦うという世界観から一歩も出られなかったことが、彼を時代から置き去りにした。
更に松本零士氏とのヤマトの著作権を巡る(醜い)争いや、反社会的な行動(銃刀法違反など)、賢明でない行動が相次ぎ、アニメファンからも愛想をつかされてしまった。今回の死に際しても不審な点があるとのことであり、晩節も美しいとは言い難い。
だが、あえて僕は西崎氏に感謝の念を伝えたい。
氏がヤマトを成功させたことは、確実にこの国のアニメ文化を変化させた。追随するにしろ、反発するにしろ、ヤマトの存在がアニメ文化を豊穣にした。これを否定することはできない。
「さらば宇宙戦艦ヤマト・愛の戦士たち」は佐藤健史の「ゴジラとヤマトとぼくらの民主主義」(文藝春秋社1992年刊・絶版)で国粋主義、民族主義を巧みに利用して作られた感動であると指摘され、僕もその通りと思うのだが、それでも忘れられない作品である。
西崎氏は海の底に眠る本物の戦艦大和を引き上げようと、野田昌宏氏(元TVプロデューサー。「ひらけポンキッキ!」を手掛ける一方、「キャプテンフューチャー」「スターウルフ」「銀河辺境シリーズ」などの多数のスペースオペラの翻訳も担当した方)などに働きかけ、実際に探索活動をするなどの、一般人にはできそうにもない行動も取ったりした。
まあ、お騒がせな人だったわけだ。功も罪も大きかった。
だが、彼がもたらしてくれたアニメ文化の拡大を享受した一人として、僕は西崎氏の死に瞑目する。
合掌。


img016_convert_20101111003159.jpg
スポンサーサイト
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
http://kosumosunikimito.blog9.fc2.com/tb.php/22-c73b82cc

トラックバック

コメント

コメントの投稿

コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する

Appendix

プロフィール

コスモスに君と

Author:コスモスに君と
FC2ブログへようこそ!

カテゴリ

FC2カウンター

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QRコード