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TVアニメが生んだ歌曲


すぎやまこういちはメロディー・メーカーだ。
僕が彼のメロディーを初めて耳にしたのは「帰ってきたウルトラマン」の主題歌だった。小学校にあがるかあがらないかの頃に耳にしたこの歌は、その映像のごとく、キラキラ輝く新しい時代がくるような、わくわくした感じを与えたことを、今、聴いても懐かしく思い出す。
「亜麻色の髪の乙女」という歌謡曲があって、これもすぎやまの手によるメロディーであることをいつぞやの紅白歌合戦に流れたのを聴いて初めて知った。実は子供の頃から知った懐かしいメロディーであり、大人になって聴いてもきれいだと思う曲だが、すぎやまの作曲と知って、少しびっくりした。そして、さすが、きれいなメロディーと改めて感心した。

曲の完成度からみて、「コスモスに君と」はすぎやまの最高傑作だと僕は思う。世間的評価は別として、彼が紡いだ音楽の中でも、これほど美しい曲は他にはない。何万回と聴きなおして、一度、聞き出したらやめられない曲が他にあるだろうか。
富野は「ザンボット3」から「ガンダム」までの3作品を渡辺岳夫の音楽と組んできた。だが、「イデオン」ではどういう判断であったのか、すぎやまこういちに音楽を委ねることになった。なぜなのかは知らない。念のために言えば、渡辺に不満があるというのではなく、恐らく何らかの理由があって、「イデオン」にはすぎやまの音楽を添えたいと富野が考えたからだろう。富野は多分に音楽プロデューサー的発想も強いからだ。
結果、この起用は大正解だった。まさにアニメ音楽の金字塔と言える音楽ができあがった。そして、「コスモスに君と」が生まれた。
本来、救いのない絶望的な結末を予測させる歌詞。その井荻の追い詰められた、孤独な詞にすぎやまが与えたのは、慈しみと優しさに包まれたメロディーだった。
えもいわれぬ木管のソロで始まる導入部が、あまりに美しい。その後、戸田恵子の透き通った歌と羽田健太郎のピアノ伴奏が始まる。
『たったひとつの星にすてられ 終わりない旅 君とあゆむと』
短い詩句に与えられた音符の一音々々が、抱きしめるような温もりに満ちている。
すぎやまこういちは井荻の歌詞を受け取った時、その「ふと・・・」という日本語の語感に刺激を受けたというのはもはや(ファンならば)誰もが知っていることだ。その刺激は絶妙なオーケストレーションに生かされており、聴く者は、その音楽の間合いに一瞬、息をひそめるのである。
『いつくしみ ふと わけあって 傷をなめあう 道化しばい』
暗い詩である。自虐的すぎる嫌いもある。別の作曲者の手になれば、もっと悲しく暗いメロディーを与えたかもしれない。だが、すぎやまは後半の「道化しばい」のフレーズで、音階をさげずにあげていった。気持ちを落とし込むのではなく、開放するように。そして、
『コスモス宇宙(そら)をかけぬけて 祈りを今 君のもとへ』
の天上の歌声のようなフレーズへと続くのである。
改めて思うのは、すぎやまこういちの優しさだ。井荻が投げたのは、いわば全共闘世代の挫折感だったかもしれない。あるいは人間への絶望感だったかもしれない。それを突き放すでも、のめりこむでもなく、癒すように包み込んだ音楽を与えた。
言葉は絶望しきっていたが、音楽は希望を忘れなかった。そう思わせてもくれる。いやいや、優しくいたわり慈しみながら、彼我の世界にともに旅立ってしまうのかもしれないが。
この類稀なる旋律は、単に副主題歌にとどまらず、物語全体を律する力ようになった。
「コスモスに君と」の主旋律は「イデオンⅠ」収録の「ふれてごらん」でも使用されている。この「ふれてごらん」は「発動篇」の予告フィルムでも使用された。そこのメロディーは、過酷な、これ以上の過酷さはない滅亡の物語の予告の中で、幻かもしれないが希望を届けるようなきらきらした輝きを放っていた。
あの予告編は忘れられない。
「コスモスに君と」の主旋律はその後も交響曲第一章から劇場版サントラに幾度も姿を変えていった。特に「発動篇」開始を伝える「イントロダクション」では悲劇的叙事詩を伝える壮大さに発展しており、イデに翻弄される登場人物たちの運命を思い知らせる激しさを感じさせるのだ。数ある映画音楽の中でも最高の1曲である。このメロディーは「イデオン」の世界そのものという意見にたぶん、異論は出ないだろうと思う。
歌の話に戻ろう。
繰り返すが、すぎやまこういちのしたためた曲の中でも、「コスモスに君と」は出色の作品だと思う。改めてアニメ音楽のみならず、他の歌謡曲と比べても、この曲を上回る美しさを感じることはまずない。唯一無二と思う。このような歌がよくぞ作られたものだと思う。
繰り返すが、何しろ井荻によるあの歌詞だ。今、アニメ、それもTVアニメでこのような歌詞を送り出せるかといえば、恐らく無理。ありえないと言ってもいい。アニメ的でもない、ポップス的でもない、言ってみれば純文学に近い詩だからだ。
そして、この詩に寄せられたすぎやまの曲も、やはりアニメ的でもポップス的でもない。ここからたちこめるのはクラシックに通じる歌曲のたたずまいだ。それまでのアニメソングの常識を打ち破る、かっこよさやちゃめっけなどとは無縁の、凝縮しきった世界を伝える歌曲なのだ。異色すぎる。
80年代は、アニメにはめられていた子供向けという枠が壊されていった時代だった。その過程では現在とは比較にならないくらい、自由な作品製作が可能だった。もちろん当時も制約はあっただろうし、現場も制約にしばられているという感覚は強かっただろうが、現在に比べれば、恐らく比較にはならない自由さがあったと思う。だからこそ「伝説巨神イデオン」が製作されたし、「コスモスに君と」のようなとんでもなくアニメからかけ離れた歌が使用できた。こうした曲作りは、今のJ-POPと商業的に密接に結びつくアニメ音楽の世界ではもはや許されざるものではないだろうか? プロデューサーも認めてくれないのではないだろうか。今のアニメは商品としての事業計画が80年代とは比較にならないくらい厳しく縛られていることだろうから。
「コスモスに君と」が生まれたことは本当に奇跡だった。そして、この歌に戸田恵子が巡り合ったことも。
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