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[C92]

はじめまして。
そして突然ですが、言わせて下さい。
苅田雅治さんは、欠かすことのできない、
日本を代表するチェリストですよ。
  • 2017-10-21 02:45
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二人のカンダマサハル 「闇からの手」

幻のチェロ奏者がいた。
名は神田正治。
今からおよそ30年前にすぎやまこういちに請われて「イデオンⅠ」の録音に加わり、アルバム4曲目の「闇からの手」で朗々たるチェロの響きを吹き込んだ。
「闇からの手」はバッフ・クランを暗示する音楽とされたが、神田のチェロの重厚かつ劇的な音色は、バッフ族のみならずイデに翻弄された全ての人々の過酷な運命を連想させるものだった。
だが、神田正治はこの1曲のみで姿を消した。以後の足取りは杳として知れない。忽然と現れ、忽然と消えた。グーグルの検索機構をもってしても、つい最近まで何もわからなかった。
神田正治とは何者なのか?

もう一人の苅田雅治は1952年生まれのチェロ奏者で、桐朋学園大学で伊達三郎、井上頼豊、斉藤秀雄の各氏に師事を受けた。卒業年度は検索できなかったが、1973年に日本で最も権威のある日本音楽コンクールの第42回大会のチェロ部門で見事、第1位に輝いている。1982年~90年に東京都交響楽団の首席チェロ奏者を勤めたあと、1982年よりニューアーツ弦楽四重奏団に参加している。ニューアーツ弦楽四重奏団として、第4回飛騨古川音楽大賞奨励賞(1992年)、文化庁芸術祭賞(1994年)、第13回中島健蔵音楽賞(1994年)を受賞。苅田個人としても第11回中島健蔵音楽賞を受賞(1992年)している。国内の主要現代音楽祭に常時出演しており、独奏者としての評価も高い。更にはヴァイオリンの大谷康子らと「クヮトロ・ピアチェーリ」(弦楽四重奏)を結成、2006年よりショスタコーヴィッチ全曲演奏に取り組む定期演奏会を開催している。また、現在、東京音楽大学教授、桐朋学園大学講師も務めており、彼に師事を受けた音楽家も次々と育っている。日本チェロ界の重鎮の一人といってもよいのではないか。

さて、神田正治と苅田雅治。二人のカンダマサハルの間には、果たしてどんな関係があるのか。「闇からの手」ただ1曲を残して姿を消した神田正治とは、苅田雅治の分身なのか。この二人の謎に迫りたい。



・・・・って、すみません。はったりかましました。大袈裟に書いてみたかっただけなんです、はい。
確実な証拠はありませんが、神田正治=苅田雅治なのだろうと思います。素直に考えれば。
で。
つい1~2年前に「神田正治」で検索した時、本当に何も検索されなかった。この時の気持ちは途方に暮れたというか、「マジかよ」というものだった。すぎやまこういちの目にかなうような技量を持つほどの演奏家で、グーグル検索にひっかからないということがありえないと思われたからだ。
それが2週間前、石橋雅一の項を終えて、「次はやっぱり神田正治だから」と検索したところ、次のようなツイッター関連の内容が検索された。
「ところでミュージシャンで不明だったチェロの神田正治という人ですが、現代音楽が得意で、劇伴でもたまに名前を見かける苅田雅治(かんだまさはる)さんのことだと思いますよ」
文章から察して、この方も確証を持っているわけではなさそうなのだが、確かにグーグルで「かんだまさはる」と入力していくと、「苅田雅治」「苅田雅治 チェロ」の検索候補単語が出てくる。その業績をみても、神田正治=苅田雅治と考えても、問題はないだろうと思われた。
と、言うわけで、ここからは神田正治=苅田雅治という前提で話を進めていく。
もしも、もしももしも違っていたら・・・・ごめんなさい。

先ず、最初に、どうしても苅田先生に伺いたいのは、「どうして本名出さなかったんですか?」という素朴な質問だ。
可能性は二つ。
1)すぎやま先生が漢字をうっかりまちがえて原稿を書いてしまった。「苅田」って、珍しいし、すぎやま先生も自分の名前の字(椙山 浩一)が難しいからひらがなにしちゃった歴があるものだから・・・・。
2)当時のクラシック界では「下賤なテレビ漫画の雑な音楽に伴奏をするような演奏家は破門に処する」という掟があったので、名前を伏せざるを得なかった。
さてはて、実際はどうか? 「イデオンⅠ」の録音は1980年頃。苅田の略歴ではまだ所属があいまいな時期だ。また、アニメやTV音楽に対するクラシック界の反応も微妙だった時期だ。何となく、苅田に配慮してすぎやまがあえて意図的に名前を伏せたように思える。

1980年というのは、ある種、過渡期だったと思う。既存の権威が新たな価値観で書き換えられつつある時期だったと思う。
この時期にはクラシック界の権威主義がまだ健在で、位の低い音楽とみなされたTV音楽、しかも低俗な「テレビマンガ」の音楽に関わることは、蔑まれていたかもしれない。そこに関わるということは汚点とみなされたかもしれない。しかし、そうした中で新たな動きも出てきており、小松一彦などはクラシック界の他者から見れば「汚れ仕事」とみなされたかもしれないアニメ音楽を交響曲化した作品の仕事に携わってくれている。

当時と今の2010年代の現在とは、価値観が違うのだ。
当時はアニメ音楽は「下等」とみなされていたのだ。今だっているだろうが、「ジャリの音楽」とくさす輩が少なくなかった時代なのだ。
だから、苅田は立場上、名を変えざるを得なかったのかもしれない。
でも、だ。今の時代になって、神田正治=苅田雅治という「素朴すぎる」事実が曖昧なままという現実というのも悲しいな、と僕は思わざるをえない。それはつまり、「イデオンⅠ」に対する世間の評価の低さと結びつくからだ・・・。

気を取り直していくぞ。
若い頃の苅田が残した「闇からの手」の音色を僕は今も愛聴している。かないこそしなかったが、この曲にそそのかされて、チェロを弾いてみたいと思ったこともあったほどだ。僕がチェロの音が好きになったのも、そこから絃楽器が好きになったのも、苅田が「闇からの手」を録音してくれたからなのだ。
苅田のこの録音を聴いて、絃楽器が好きになったアニメファンは、少しはいるんじゃないか? いるなら、この指、止まれだ!
考えてみれば、「闇からの手」はわずか3分27秒、しかもチェロが鳴っているのはその1/3程度かもしれない。途中からは羽田健太郎のピアノが主役を奪っている。
だが。
それでも、冒頭に鳴り響いたチェロの響きは、僕の生涯の嗜好をある意味、支配したと言ってよい。時間にして、実は3分に満たない演奏。それが、阿呆な地方の若造の心を虜にした。30年たって、白髪まじりになった爺になりかけて今、まだその音を愛してやまぬ親父と化して、ここで「苅田雅治、最高!!」と言っている。
あるのは、ただ感謝の気持ちだ。


苅田は、決して「日本を代表するチェロ奏者」、というわけではなさそうだ。いわゆる「一般マスコミでも知っていそうなチェロ奏者」となると、古くは藤原真理であったり、堤剛であったりする。最近でも若手で様々なチェロ奏者の名前があがるが、上位10位以内に苅田雅治の名があがることはない。
だが、僕はそんなことは気にしない。
時代は変ってしまった。とはいえ、例えばカラヤンだけが名指揮者ではない。フルトヴェングラーだけが名指揮者ではない。もっと言えば、有名レコード会社に録音した音楽家だけが聴くに値するというわけでは絶対にない。
大衆に知られずとも、素晴らしい音楽を奏でる演奏家は、それこそ数えきれないほどいる。その現実を、僕は幸せと感じる。
「TVに出るような、皆が知っているような演奏家しか知らないよ、聴かないよ」などという生活は、不幸以外の何物でもない。
僕は、苅田のチェロに接することができたことを人生の幸せと思う。それをもたらしてくれたすぎやまの英断に感謝する。

苅田の経歴を追いかけよう。
全く、何が情報化社会かと思うのだが、生年月日も桐朋学園大学の卒業年次すらも検索は容易ではなかった。彼の略歴は複数のHPで確認したが、内容はほとんど同一、つまり同じ略歴紹介が次々、引用されているわけで、僕が記した略歴もほんのちょっぴり捕捉した程度だ。
彼が第一位の栄冠に輝いた日本音楽コンクールは1932年に発足し、今年(2011年)で第80回を迎える、日本でも最も格式が高い音楽音クールである。主催者はNHKおよび毎日新聞社であり、上位入賞者はNHKで演奏が披露される(つまり全国放送される)栄誉に輝く。そこで苅田は優勝したわけである。1973年だから21歳頃。音楽科人生としては非常に好調な滑り出しだろう。海外コンクールに応募したかどうかは不明。
桐朋学園大学卒後から、「1982年~90年に東京都交響楽団の首席チェロ奏者」の時期にいたるまでの、つまり1980年頃の彼の足跡はネットからは拾えなかった。首席ではなく、1チェロ奏者として東京都交響楽団に勤めていたのだろうか? 彼が「イデオンⅠ」の録音に参加したのは、ちょうどこの経歴の狭間の時期だ。

このブログのいつものことだが、取材をしていないので全ては憶測でしかない(だから、取材が大切なんだってば!!)。
コンクールで優勝したものの、東京都交響楽団チェロ奏者になるまで、彼の経歴にはこれといった動きがなかった。と、いうことは下積みの時代だったのだろう。
その下積みの時代の仕事の一つが「イデオンⅠ」だったわけだ。
苅田はスタジオ録音が好きだったと思われる石橋とは異なり、やはり純粋にクラシックの演奏会に関わりたい人のようだ。後述するが、彼は現在も様々な演奏会に精力的に参加している。チェロ演奏会の表舞台を歩んでいると言っていい。彼にしてみれば、若い頃のスタジオ録音で目立つことによって、スタジオ演奏家との印象が残ることを避けたかったかもしれない。だから、名を伏せた?
もちろん、くどいが僕の憶測。

職業的オーケストラで首席奏者として働いた後、苅田は「独立」し、現代音楽の演奏に傾倒していく。彼が参加したニューアーツ弦楽四重奏団はそもそも湯浅譲二などの現代音楽作曲家の演奏を世に広めることを強く意識した団体だった。
中島健蔵音楽賞は「日本の現代音楽の分野で優れた業績をあげた個人又は団体に贈られる賞(ウィキペディアより引用)」であり、1982年から活動を開始し、2009年の第28回をもって活動を休止している。受賞者には僕の知るところでも、作曲家の一柳慧、石井眞木、細川俊夫、西村朗、指揮者の岩城宏之、井上道義、小松一彦、また苅田と同じチェロ奏者としては日本を代表する堤剛、ピアニスト高橋アキの他、多数の名前がある。こうした錚々たる人員に与えられた賞を、苅田は個人として、また弦楽四重奏団として各1回受賞したわけだ。
飛騨古川音楽大賞は古川町という岐阜県の地方自治体が設立したものだ。名前だけ見ると、地味な地方音楽賞のように見えるかもしれない。だが、この街は音楽活動に力をいれており、昭和55 年に有志で結成された飛騨古川音楽文化協会が在京オーケストラの演奏会を招致するなどの活動を続けた。日本が世界に誇れる響きを生みだした作曲家である武満徹と由縁があり、彼はこの町に昔から残されている「起こし太鼓」の響きを愛したという。平成元年に飛騨古川音楽大賞が設立され、武満が初回の受賞者となっている。その後の受賞者も先日、グラミー賞の栄誉に輝いた内田光子、作曲家の諸井誠、また海外の歌劇場でオペラの主役を初めて日本人として歌った東敦子などの面々が連なっている。

少なくとも、苅田の音楽は上記の多くの音楽家たちと並んでもかすむものではないと判断されたわけだ。
僕は苅田の生の演奏を聴いたことはない。だが、彼が音盤に刻んだ音に親しんだ僕としては、彼に与えられた栄誉は当然のものと感じている。



彼は現在も様々な音楽活動を行っている。つい最近でも2011年の2月13日にチェロ・コングレス・イン・ジャパンという音楽大会でチェロのリレーコンサートに参加している。また、たぶん2011年と思うのだが、3月7日に東京都世田谷区で弦楽四重奏の演奏会を開くそうだ。在京の方はいかれてみてはどうか。実にうらやましい。

今回も、「イデオンⅠ」をきっかけに様々なことを知ることができた。ちょっとアニメから離れてしまっているが、ご容赦を。僕は「イデオンⅠ」に関わった人々の記録を残しておきたいのだ。

先日、中古レコードで購入した「海の誘い」が届いた。保存のよいきれいな盤面だったので、僕の貧相なLPプレーヤーにかけるのが少しかわいそうになった。と、いうわけで今日はオーディオ周囲を少しこまめに掃除をした次第。
まだまだ「イデオンⅠ」の項は続くが、ちょっと息抜きもしていこう。先は長い。



今回、突破口になった記事。感謝。
http://twitter.com/ohzawa_k/statuses/7081489221033985
苅田雅治の略歴。
http://vivacello.exblog.jp/8389142/
日本音楽コンクールの歴史。
http://oncon.mainichi-classic.jp/introduction/index.shtml
ニューアーツ四重奏団の紹介。
http://homepage3.nifty.com/musicircus/aki/archive2/37.htm
飛騨市文化交流センター建設に至る四半世紀の歴史。
http://www.kouryu-c.com/pdf/map_process02.pdf
たんぶーらんの戯言:起こし太鼓の写真あり。
http://tetsuwanco.exblog.jp/13281612/
チェロ・コングレス・イン・ジャパン(もう終わってますが)
http://japan.cello-congress.com/?page_id=204
苅田雅治と仲間たち クワトロ・ピアチェーリ演奏会
http://www.setagaya-icl.or.jp/sela/499.html
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