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ダメおやじとフルトヴェングラー(1)

ゲバラバ ヘバラバ テレビレビ
ゲバラバ ヘバラバ テレビレビ
ヘバラバ ゲバラバ テレビレビ
ヘバラバ ゲバラバ テレビレビ

いきなり、何の呪文かまじないか? 別に僕がぶち切れてしまったわけではなく、これはあるアニメ主題歌の歌詞の一部なのである。
続きは次の通り。

ダ~メ ダメダメ ダメおやじ♪
ダ~メ ダメダメ ダメおやじ♪♪

わしはダメダメ ダメおやじ
今日も家ではオニババが
早く帰れと爪をとぎ
わしの帰りを待っている

わしはダメダメ ダメおやじ
会社じゃみんなにバカにされ
うだつのあがらぬダメ平で
今日も無情の風が吹く

わしが何をしたのでしょう!?
このままいたんじゃ殺される
誰か助けてお願いだ
オニババ タコ坊 ユキ子
助けてちょうだい お願いだ

な、何とも追い詰められた感情渦巻く歌詞である。作詞・作曲・編曲:すみあきくん(だ、誰!?)、歌唱:雷門ケン坊とサカモト児童合唱団の布陣・・・・。
番組名は「ダメおやじ」‐そのまんまである。1974年東京12チャンネル系列で全26話が放送された。僕も放送当時に一部を視聴した覚えがある。ほとんど記憶にはないが、「わしの帰りを待っている」「わしが何をしたのでしょう!?」などのダメおやじの絶望的な呻きの歌詞を覚えていた。
この主題歌は前々回のゼロテスターで紹介したCDに収録されている。



それにしても、さすがは1970年代というべきか、とち狂った擬音でいきなり歌が始まる。サカモト児童合唱団の面々が、明るく軽やかに早い調子で「ゲバラバ ヘバラバ テレビレビ」と唱和する様は、なかなかに圧巻であり、めまいに襲われそうになる。彼らもよく歌いながら吹き出さなかったものだと感心する。訓練を受けた合唱団とはいえ、やはり性根はクソガキであったろうから、吹き出してしまう子もいて、何度か録音し直したんじゃなかろうかと妄想してしまう。
それにしても、いかにも1970年代と思わせるアニメソングだ。相手はクソガキだというのに、というかクソガキだからか、おやじ(すみあきくん)の何か抑えがたい衝動をほとばしらせるような歌を遠慮なくぶつけてきている。「おかみがナンボのもんじゃ」「わしはこう歌いたいんじゃ、黙ってきいとけ」というような横暴ながらも妙に感心してしまう生命力を感じてしまう(※1)。

すみあきくんの紹介記事 意外と普通の容貌
ダメおやじのアニメ、主題歌を紹介したブログ「温故知新ばなし」

さて。
「ダメおやじ」とは漫画家古谷三敏の出世作であり、週刊少年サンデーに1970年から1982年まで連載されたギャグ漫画である。アニメ化は1974年、今よりもアニメ化に敷居が高い時代だったから、けっこうな人気を博したものと思われる。
更には小学館漫画賞も1978年に受賞している。1974年~1978年が人気の頂点であったとみてよいだろう。
古谷三敏(1936年生まれ)といえば、今でこそ「レモン・ハート」に代表されるような、うんちくを巧みに語っていく、ほのぼの路線の漫画家と言う評価が定着している。他の代表作には「寄席芸人伝」などがある(※2)。だが、当初は赤塚不二夫の薫陶を受けたギャグ漫画家であった。
「ダメおやじ」は題名の通り、仕事もできない上に、容姿もみすぼらしいダメな男、雨野ダメ助が、自分の家族(妻、娘、息子)に虐待される日々を描いたものだった。身も蓋もないが、言わば家庭内暴力をギャグ漫画にしてしまったのである。
ただし、父親と言う70年代当時は絶対的な家庭内における権力者が、漫画とはいえ、本来は弱者である女房や子供から徹底的にいたぶられ、悲鳴の涙を流すという「強者と弱者の逆転」の構図があったから、大衆に受け入れられた。普段は逆らえない絶対的な権力者が小便ちびらせて悲鳴をあげていれば、つい笑いたくなるというものである。連載開始当初のダメおやじは、もやしのように貧相で、虐待したくなるオーラを放つ造形がなされていた。
(この点についてはウィキペディアの記載者も同様の判断を下している。)
ウィキペディアのダメおやじ記事

ただし、古谷の描線が簡明で、戯画化も極端であり、生々しさを排除していたのが成功した理由の一つだろう(※3)。
僕の覚えている「ダメおやじ」全盛期の物語に以下のようなものがあった。
何の気まぐれか、普段は怖いオニババ(つまりダメおやじの被虐待者である妻)が、今日はダメおやじに優しくしようと思い立ち、子供たちにも強く言い聞かせた。ダメおやじが帰ってきたら、感謝の言葉をかけてねぎらおうとしていた。
それなのに、そういう日に限ってダメおやじはあれこれない知恵を巡らせて、少しでも帰宅を遅くしようとする(だって、帰れば虐待されるのだもの)。じらされてだんだんとオニババ、ストレスがたまる。ついに堪忍袋の緒が切れた頃になって、ダメおやじは帰宅してしまう。十分にストレスを煮え詰まらせたオニババと子供たちが、目を血走らせてダメおやじを出迎えるという場面で終わり・・・という話を覚えている。不思議と凄惨な気持ちはなかったものだ。

それにしてもだ。この内容で小学館漫画賞を受賞したというのだから、さすが1970年代と言わざるをえない(※4)。しかもアニメにまでなったのだから、2011年の価値観から見れば狂気と紙一重に見えるかもしれない(※5)。

だが、そんな家庭内暴力ギャグ漫画が、1970年代末に突如、変貌を遂げたのだ。
僕がサンデーを定期的に購読するようになったのは、あだち充の「タッチ」の連載が始まった号からだった(※6)。達也、克也、南の3人が縦に並び、達也がベロを出しているあの表紙の号だ。
まだ「ダメおやじ」は連載中だった。後に巻末が定位置となったが、ジャンプとは異なり、サンデーの巻末(※7)はベテランに対する敬意が残された場所だった。何気なく読んでみると、いつの間にやら虐待話は影を消し、何やらうんちくを語るほのぼのとした内容に変っていたのだ。
別に、「ダメおやじ」に思い入れがあったわけではないから、衝撃は受けたりしなかったが、「ずいぶんと変わったものだ」と感じていた。
この頃にはオニババの表情も穏やかになり、吊りあがったゴジラ目が「ぐうたらママ」のような点目の穏やかなものに変っていた。



2011年の春にコンビニ仕様の廉価版コミックス(My first BIG)で「ダメおやじ」の一部が復刊された。僕も初読になるが、連載後半の方針転換後の作品が主に収録されている。
路線変更後の作品に目を通していくと、色々なことを考えさせられる。古谷はそれまでの成功路線(強者を弱者に貶めて虐待する笑い)を捨て去って、オー・ヘンリーの掌編のような世界を目指していた。日常の些細なことに喜びを見出したり、人が人を愛する心や労わりの心を巧みな語り口でみせようとしたり。本質的に殺伐としていた以前の作風を一切、封印してしまった。
更に、ダメおやじの人物設定もガラッと変えてしまった。前半は実際、無能かつ小心かつ非力という絶望的なダメっぷりであったのだが、後半は小事にこだわらず、欲を持たず、自然を愛し、正しいと思うことは障害があっても恐れずにこれにあたるという、大人物に変ってしまったのだ。
連載前半のあの性格設定は一体何だったのかと突っ込むのは、野暮というものだろう。

だが、よくもサンデー編集部はこの方針転換を許容したものだと思う。小学館という、「学習や道徳も大切にしますよ」という社の方針があったからかもしれないが、子供にとっては退屈なだけに終わるかもしれない、このうんちく+ほのぼの路線への転換をよくぞ認めたものだ。同時期のジャンプなどと比べると、あまりに「品が良すぎる」くらいかもしれない。クソガキは本質的に刺激と猥雑と暴力を求めるものだ。「ヤンキー漫画を描け!」と「ひまわり」でも言っているではないか。
太っ腹な編集部だったと言えよう。

意地悪な物言いだが、このような方向転換が許された、可能となったのは、既に「ダメおやじ」がサンデーの看板となる作品ではなかったからだろう。当時のサンデーはあだち充の代表作となる「タッチ」、高橋留美子の「うる星やつら」、島本和彦の「炎の転校生」などの脂ののった作品が目白押しであり、ある種、全盛期だった(※8)。「ダメおやじ」が地味な世界へいったとしても、それを吸収できるだけの体力が充分にあったのだろう。小学館漫画賞受賞作でもあるし、大目にみたというべきだろうか。
この「ダメおやじ」の路線変更は、アニメ漫画史の片隅で「そういうこともあったよね」とつい語ってしまう事象であったろう。だが、ある事がなかったら、僕が今、ここでこの漫画について語ることはなかったと思う。
ある点において、この漫画は僕にとって、忘れがたい作品なのである。
それは、この漫画が僕と、ある指揮者の橋渡しをしてくれたからだった。
(この項、続く)




※1)この70年代までの勢いが、様々な社会運動が頓挫・挫折するとともに「シラケ」の醒めた心理に変り、「ダサい」「うざい」へと変貌していった。その結果、得をしたのはもちろん、上流階級である。
※2)代表作ではあるが、原則、オヤジ限定。女子供はまず知らない。そして、僕がビッグコミックを愛読していたのも、もう20年ほど前のことになってしまった・・・。
※3)古谷には「てっちゃん」という、やたら劇画的な描線を書きこんだ「手だけが」主人公の、もはやシュールレアリズムのような漫画もある。面白い人だ。
※4)要するに売れたので、ご褒美に賞を与えたわけである。つまり、当時の読者はこの漫画を支持して雑誌も単行本も売れたわけである。
※5)でも。 2000年代以降、もっと「狂った」ような出来事や作品が現れている。粗暴なようでいて、命を粗末にしているようでいて、でも、本当は「せめて命は守らなきゃ」という気持ちが残っていた時代が1970年代だった(断言)。今は、ない。あるのだが、ない。
※6)いや・・・その少し前に同漫画家の「みゆき」にすっかりまいってしまっていたもので・・・若さ故のあやまちとしかいいようがない。
※7)石森章太郎が「キカイダ―」や「イナズマン」を連載していた頃も、連載の後半は巻末が定位置だった。因みに、僕はどうしても「石ノ森」という改名が受け入れられない。すっきりと「石森」でいてほしかったのだが。
※8)そして、この数年後にジャンプの神がかりの時代が始まる。
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[C27] 虐待時代〜社長時代を読み継いだ者として

突然失礼します。ダメおやじのマンガとアニメをリアルタイムで読んでいた者です。

最近、カラオケでダメおやじのアニメのエンディングの方がたまたま目に入って歌ったあと帰宅してあれこれググっていてこのブログに辿り着きました。

当時読んだ者としては、作品の路線変更は虐待されるばかりの話作りにいきづまっていたとも、wikiには、奥さんから「まだこんなの描いてるの?」と言われたとも書いてあったかと記憶しています。

支離滅裂な文章ですみません、ちょいと違和感を覚える文章でしたので失礼いたしました。

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