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2011年のお話(アニメ話はなし)


2か月ぶりの文章だが、申し訳ないことに今回はアニメとは関係のない話題。

2011年は日本にとっても、世界にとっても、転換期となる年だった。
政治、経済ともに、これまでは曖昧にされてよく見えなかった世の中の構造が、露骨にされた年であった。

世界的に見れば、中東における政治構造の変革、「中東の春」という歴史的な動きがあった。チュニジアでの変革は「ジャスミン革命」と呼称され、一時は報道の注視を受けた。
この政治変動は、面識もなかった市民がソーシャルネットワークを通じて、力を結集して行われたものだった。それは、意に沿わぬ政権を市民が強制的に交代させるための、新しい形式の実力行使の誕生であるかに思われたものだった。
だが、改めて政権を作り直す段階に入ると、やはり元々組織力を持つ、あるいは武力(暴力)を持つ集団が主導権を握ってしまう。結局は特定の集団が利益を得る政権ができあがってしまうようだ。
まだエジプトやチュニジアでは流血はまだしもであったが、政権者がこの動きに抗えば、国家的な流血になる。リビアしかり、サウジアラビアしかり。シリアでは権力者による国民への虐待が白昼堂々と行われ、国際社会はこれを批判することさえできていない。

他方、米国を中心とした富裕層優遇政策の結果もたらされた絶望的な貧富格差、社会階級の流動性の喪失(つまり、勝ち組は永遠に勝ち組、負け組は永遠に負け組;負けても次に勝てばいいさというゆとりの喪失)に対する抗議行動が欧米で行われた。
「We are 99%」の合言葉のもとに富の一極集中、これによる貧困層の拡大に対して抗議が行われたが、何の成果もあがらずに終結していきそうな様相だ。
「努力すれば報われる」という構造が失われ、「働けども働けども 我が暮らし楽にならざりき(ワーキングプア)」という社会に露骨に変わってきている。(※1

これらを見ていると、フランス革命以後、少数の特権的支配層が占有していた政治的主導権を、大多数の人間からなる市民層が奪い取ろうとしてきた、数百年に及んで営々と続いてきた流れが、遂にこの21世紀にせき止められようとしているように思われた。1960年代から1970年代にかけての反戦運動や市民運動の時代にはまだ残されていた「自分たちの力で社会の仕組みを変えよう」という希望が潰える時代に入ろうとしているように思える。その先にあるのは、新たな階級社会だ。

そうした思いを強くさせるのは、不本意な権力者の存在に対して、市民が全くの無力であることをこの1年間、思い知らされたからだ。
それは政治家であり、官僚機構であり、あるいは経済界だ。
管直人があれほどの批判にさらされても、国民は何もできなかった。
彼を取り巻く民主党も、結局、何の改革もできなかった。沖縄問題を末期的なまでに悪化させただけだ。
激甚的な原発人災についても、安全対策を怠ってきた官民の関係者には一切のお咎めはない。ほとぼりが冷めた頃に、「実は大問題でした」と小出しに過失が報告されていくが、彼ら「貴族」層にとって、国民の健康などどうでもよいのだろう。国民は税金を払うための道具にしか思えていないのではないかとすら感じられる。

そして、そうした事々を、新聞やTV報道も表層的にしか取り上げない。形ばかりには怒りの表出を行っている。だが、原発産業の問題、政治改革、財政改革、様々なことについて、適当に時の政治家をたたく程度で、もっと根本的な責任の明確化を行おうとしていない。原発産業の組織構造に欠陥があるなら、これを正すために一連の報道運動を行うべきなのに、一時的な報道に終始している。
沖縄問題を悪化させた鳩山由紀夫と民主党の責任は、もっと追究されるべきだ。沖縄問題は日本の安全保障、国体をも左右する大問題のはずだ。それが未だに鳩山は国会議員であり、彼の言動をどうして重鎮の発言として報道するのか、その気がしれない。
結局、報道各位も既得権益者の一員だから、その場をしのぐことしかしない。大新聞社とTV局は会員制倶楽部のようなものであり、そこに属する者の利益を最優先する。楽天によるTBSの買収が不調に終わったのは、報道産業が閉鎖社会だからだ。何をするかわからない新参者は排除されるのである。
プロ野球の東京読売巨人軍の首脳陣の内紛に際しても、読売新聞、読売テレビにとって、渡辺恒雄について検証すること自体が禁忌であることが、今さらだが露骨になっており、そのような組織に国民のための報道ができるはずがない。
そのような性質だから、報道者は「倶楽部会員」の利益に反しそうになると手のひらを返す。昨年11月の大阪二大選挙における橋下候補者への一連の報道攻撃は、橋下徹が権力を掌握した場合の政治、経済への影響を嫌った勢力によるものであり、大新聞攻撃を掲げる週刊文春すらその一端を担いだことで、僕はすっかり辟易した。彼の出自に関する情報などは、恐らく2007年の府知事選挙の時点で、既に多くの報道関係者なら把握していたのではないか。こうした情報は頼まれなくても出てくるものだ。それをこの時期になって出してくるというのは、出す側に意図があるのだ。
報道というものの多くは、誰かの意図を組んで行われていると思った方がいい。(※2
それでも、報道攻撃にさらされ、一部からこれほどに憎まれる橋下が大阪市長に選出された。この結果が2011年前半の世界の流れとつながっているとみるのは、あながち間違っていないと思う。少なくとも、僕の中ではそうだ。
2011年、市民層の多くは、国家の上層部に対してはちきれんばかりの不満を募らせながらも、何も抗えないできた。国の内外をみても、一部の人間による愚行の尻拭いをさせられていながら、怒りを爆発させることすらできない。
その怒りのはけ口が、この選挙結果に結びついたと僕には思える。とどのつまりは橋下以外に「流れを変えてくれる」存在が見いだせなかったからだ。
大阪市長当選後も多くの批判本が出版されているが、橋下徹が既存の勢力に対して、これまでになく明確な意見を突き付けている点は、確実に既存の勢力外の市民からは評価されたことは間違いない。
もちろん、僕たちは民主党政権で激しい自傷を負ったことを自覚すべきである。橋下も同じ過ちを起こすかもしれない。ヒットラーだって、第二次世界大戦を引き起こさなければ、優秀な政治家という評価がくだされていた可能性があるという。(※3それを承知の上で、「それでも他の候補を選んだら、今まで通りでしょ? 今まで通りの政治家はいらない」という意見が過半数を占めたわけだ。

もうこの国は非常ベルが鳴っている。国を支えよう、よくしよう、大勢で幸せになろうという意欲が薄れていくばかりだ。階級社会が進行すれば、もうこの国の国民の大半が貧しく、そして満たされない世界になっていくだろう。
階級社会に進む道を選ぶということは、特権層(貴族)以外の人間はどうなってもよいと考えるのと同義だ。これから誕生する貴族たちは、国民を守ってはくれない。徳が高く、心正しい高貴な人々が僕たちを導いてくれるというような幻想はありえない。(※4
「努力すれば報われる」社会を取り戻さないといけない。それはすなわち、富を再配分するということだ。
今、世界は、一度失敗したら、どんなに努力しても再起できず、ひたすら奪い取られる社会になろうとしている。米国などは学生に高額の借金を背負わせて、その返済のために学業を断念しなければならなくなるような本末転倒な事象が当たり前のように起こっている。また、どんな一方的な解雇をされても訴訟をしないという契約を雇用時にさせられる。
その一方で金融危機を招来した会社の上層部は、国家財政を危機に陥れたにも関わらず、異常な高額の報酬を得て当然と思っている。
日本でも年功序列、雇用の保証はとうの昔に民間では撤廃されてしまい、いつ解雇されるかわからない。それ以前に非正規雇用が当たり前になり、優秀な人材であっても、安定した生活を得られるかどうか不透明な時代になった。(※5
こんな時代に若者にどんな希望を持てと、僕(昭和40年生まれ)より上の世代の人間はいうのか? このまま社会構造が階級社会になっていけば、僕の、あなたの子供や孫が幸せになれると思うか?
昭和初期、「大学は出たけれど」という映画が公開され、話題になったという。平成の日本だって、頑張って大学は出たけれど、職はない。職はあったが非正規雇用で、低賃金しかもらえない。
そんな社会が続けば、今さらながらのマルクスの復権だってあるかもしれないし、オウム真理教が転生してくるかもしれない。だって、普通のことをしていても絶対に幸せになれないとなったら、若者は希望を感じられる方にいくのは仕方がないだろう?
でも、そうして日本の国内が貧者の怒りで騒然とすれば、それはそれで隣国の思うツボになるだろう。

この国の上層部、政治、官僚、経済界の人々は、どんな未来を描いているのだろう。日本に貧民街が広がるような未来でも、「自己責任」で済ませるのだろうか。(※6
そうした閉塞感があるから、橋下は市長に選出されたのだ。橋下徹を市長にしたのは、彼に反対した勢力そのものだと僕は思う。





※1)最近、「天使派リョウ」原作:狩撫麻礼、画:中村真理子が文庫化された。僕はこの作品は今回の文庫化で初めて知ったのだが、帯には大根仁監督による「バブル時代のビッグコミックスピリッツにこんな漫画があったなんて! 誰もが醜く咲いていた時代を踊りぬけた天使たちの過激な日常(スケッチ)!」とある。主人公のリョウは、定職につかず、会社勤めの姉の下宿に居候して、社会の一線から大幅に外れているけどたくましい人々と交流している。バブル時代の華やかさな社会に背を向けているのに、どこか幸せな気持ちがあふれている物語を目指しており、けっこう心地よい作品だ。だが、僕から見れば、逆にバブル時代の社会に経済力があったから、彼らが生存できたともいえる。今の時代に同じ設定で物語を試みても、そこに幸せな空気は生まれないのではないか。

※2)高校生くらいの頃か、歴史の副教科書(資料集)に、「ヒットラーが政権を奪取した当初の政策の成果だけをみれば、彼は歴史上、最も優秀な政治家の一人にあげられただろう」という記載があったのを覚えている。もちろん、その後には「しかし・・・・(その後の彼の行為は最悪だった)」という要旨展開だった。ヒットラーが戦争前に行った様々な経済対策は、第一次世界大戦に敗北し、どん底に突き落とされた独国経済を立て直したという。他方、ナチスのユダヤ人迫害については、当初の時点ではあまり他国からは問題視されなかった。だって、他国もユダヤ人を迫害していたから。とはいえ、ヒットラーは最初からヒットラーであり、彼の経済政策も後の戦争によって帳尻を合わせようとしていたのだと考えると、政治とは長期的な評価と監視が必要と思わざるをえない。
※3)現代の政治家は思慮のない発言が多すぎるのだが、鉢呂元経産省大臣の「放射能つけちゃうぞ」発言については、虚報もしくは捏造であった可能性が指摘されている。
週刊上杉隆「鉢呂前経産相の「放射能つけちゃうぞ」発言は虚報だった! 」
日刊ゲンダイ「鉢呂前経産相を追い込んだ大マスコミ報道の不可解」
この事件では報道の背景に官僚機構の意図があったのではないかという可能性が示唆されており、記者クラブの報道者が全く中立ではないことを知らしめている。卑俗な例では1989年プロ野球の日本シリーズで3連勝した近鉄の選手が「(対戦相手の)巨人は(この年パ・リーグ最下位の)ロッテより弱い」と発言し、巨人を大いに怒らせ、発奮した巨人に4タテ食らって逆転負けしたという伝説的な逸話がある。しかし、近鉄の選手はそんなことは一言もいっていない(まあ、思ったより弱かったという旨の発言はしたが)。
1989年の日本シリーズ
つまり、記者によって発言が捏造されたのである。
最近はニュースを新聞やテレビでいわゆる識者の意見を聞く意義を感じなくなってきた。
※4)どこまで意図されたのかはわからないが、尾田栄一郎作画「ワンピース」は、次第に現実を飲み込む様を呈してきている。この物語ではさりげなくも、差別や特権層に対する怒りが描きこまれていっている。特にシャボンティ諸島編からは顕著になっている。特権層の理不尽なふるまい、一般人への迫害という題材は、当初はやや古めかしく感じられたのに、今、急速に切実な実感に移りつつある。差別と対立の根の深さについての巧みな語り口をみても、この作品が「鉄腕アトム」を超える歴史的な作品になってきていると僕は思う。
※5)非常によく気がついて、仕事もきっちりこなして、的確な判断をする人が派遣の方だということがたまさかある。もちろん、そうでない事例も多いのだが、せめて優秀な人は報われる社会にしてほしい。
※6)僕は、優秀で、国家に大きな貢献ができている官僚の方ならば、それこそ数億円台の報酬があってもいいとすら考える。結局、自分が置かれている立場で努力して働いて、よい結果を得られているかどうかが僕にとっては重要なのだ。「既得権があれば働かなくてもよい収入が得られる」人から、「しっかり働いている人」にお金を移動させてほしい。かつて天下り法人で受注した情報分析の仕事を、適当にネットで検索した結果を、自動翻訳ソフト(使い物にならないことで有名)で翻訳した文書を提出して、1億円くらいの報酬を得た輩がいた。彼らにとって、学歴とは、公務員試験とはなんだったのだろうか。
道路財源寄生法人「国際建設技術協会」のお粗末な仕事ぶり

次回はアニメの話に戻ります。
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