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[T4] まとめteみた【アニメ音楽の物語】

兄二人、妹一人の三人家族であった。親はなく、子供たちだけで暮らしていたが、ある日、妹は前触れもなく倒れ、落命する。悲嘆にくれる兄たちであったが、ペンギンの帽子を被せるといかなる魔力か、妹が黄泉から帰った。妹は一見、以前と変わらぬ振る舞いをみせたが、突如...

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妖精たちが歌うA.R.B.の世界 トリプルH『輪るピンクドラム』

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兄二人、妹一人の三人家族であった。
親はなく、子供たちだけで暮らしていたが、ある日、妹は前触れもなく倒れ、落命する。
悲嘆にくれる兄たちであったが、ペンギンの帽子を被せるといかなる魔力か、妹が黄泉から帰った。妹は一見、以前と変わらぬ振る舞いをみせたが、突如「生存戦略!」と叫ぶや、兄妹は異空間に包まれた。
レオタード姿に身をまとった妹は兄に言い下す。
「きっと何者にもなれぬお前たちに告げる。ピンクドラムを探すのだ」


幾原邦彦監督(※1)TV作品「輪るピンクドラム」は全24話を費やした物語だった。
前半はとある日記を巡るドタバタ劇、不条理を笑う喜劇のごとき印象があったが、後半になるや、登場人物の出自、関係が解き明かされ始める。回想を積み重ね、一枚ずつ皮を剥ぐように顕にされていく登場人物たちの記憶の物語が、僕の感性に染み込み、心を疼かせた。
この物語には様々な事象が陰に陽に刻まれている。
1995年オウム真理教による地下鉄サリンテロ。
「子供ブロイラー」「透明になる(抹殺される)子供たち」という言葉に込められた現代の家族の解体現象と、それを生きのびて家族を再構築した主人公たち。
切ないまでの自己犠牲による救済。物語のひな形ともいえる「銀河鉄道の夜」の残像。
ちりばめられた隠喩と過去への追憶(ジョン・レノンや昭和の歌手や俳優たち)。
伝説のロックバンドA.R.B.の世界の再創造の試み。
上記の多層構造を持ったこの物語は、僕個人にとってはもちろんのこと、視聴した人々に静かだが、じわりと後になって滲み出る余韻をもたらし、忘れられず、つい語りだしたくなる魅力を持っている。
恐らくは意図的に仕掛けられた数々の要素を読み解く楽しみは、「新世紀エヴァンゲリオン」に通じるものがあるだろう。本作はあのような社会に広く浸透するような存在になりそうにはないが、2011年度の強く僕の心に残る作品だった。
2012年3月27日には公式本である「生存戦略の全て」が発売されるが、そこから某かの答えをもらう前に、今の僕の感想を連ねておこう。

なお、一般の個々人がこの物語について語った記事を拾ったので、興味のある方は目を通されるとよい。
社会批評としての『輪るピンクドラム』
「家族」とは、いちばん最初の共同体/『輪るピングドラム』第20話の感想
「輪るピンクドラム」感想
輪るピングドラムを考察する上でかかせない「フランス」という意外なキーワード
輪るピングドラムに存在する昭和的イメージ

上記に語られている以外の僕にとってのこの作品の魅力を連ねてみる。

画面に溢れるエロス
懐古的でありながら現代的な描線
深みのある声質を持つ声優の採用
そして、A.R.B.の比類の世界観を再確認すると同時に、新たな存在感をもたらしたトリプルHの歌
それらについて語っていきたい。

敢えてエロスという外来語を使うが、この作品にはエロスが横溢している。
よく聞かれるエロという言葉が、肉欲としての性欲と強く結びついているならば、エロスという言葉には性的であると同時に美しいという感覚が結びついていると思う。
例えば「生存戦略」の場面。
陽毬が叫ぶや、世界は一変する。光の乱舞する中、ロケットが線路の上を突っ走り、熊を模したロボットに変化する。その腹部が膨らみ、弾けて、中から装いを変えた陽毬が孵化するように現れる。
他方、白い熊に対峙して黒い熊ロボットも配置され、白い熊から伸びた通路が下腹部に結合すると、その腹部も同じように膨らみ、開かれ、中から陽毬の兄弟である冠葉(かんぱ)と晶馬(しょうま)が現れる。
上記の場面だけで、相当に官能的な要素がふんだんに盛り込まれている。
白い熊の腹部が膨らむ様は、まるで妊婦のようだ。中から陽毬が現れる姿もまるで出産を連想させた。
陽毬の装いもいわゆる過激なビザール様式(※2)であり、異様であると同時に艶めかしい。
・・・最初、この場面を観た時は、仰天しながらも「(幾原監督が過去に関わった)セーラームーンの名残?」「萌え系のためのサービス?」とも思った。
だが、更に続く場面を観たら、ちょっと、そんな程度の問題ではなく、もっと根源的に観る者の官能を刺激しようという監督の意図が感じられた。
陽毬の衣服が避け、裸体となって冠葉に迫り、彼の胸に腕を突き刺して彼の「命」の一部を取り出す場面がある。
ここに描かれる陽毬の姿態の変化は、前述のような肉欲としての性欲をそそろうという次元を遥かに超えている。直截に性欲を刺激しようという設定とは、全く別次元の世界だ。
僕には、少女が、人間が変態する様(さま)のエロティシズムを描いたものと受け止められた。人が似て非なる別の存在に変わりうることへの畏れと憧れをこの場面から感じたのだ。
別の存在へ変態することの官能性-それは、かつて手塚治虫の作品が放っていた感覚だろう。
人形たちの腹が膨れる様が妊娠を思わせ、主人公たちがその中から現れる姿が出産を連想させるのも、生命の誕生や生命そのものが官能的であることを語っているように思われた。
そして、冠葉の「命」を取り出す場面も、もはや生殖器をつなげる官能性よりも更に深い、二つの命そのものが溶け合って一つになるという、至上の結合を物語っているようにすら思えた。
全24話の過程の中でも、直接的な性描写はないのに、官能的に感じられたことは度々あったが、いやらしいというよりもいつも美しいという感覚の方が先にたった。
最終話、空間に漂う無数の破片に身を切られながら、冠葉を救済するために歩み寄る陽毬の裸身は、官能的でありながらも神々しく、言いようのない慈愛に満ちた美しさに包まれている。

この物語を支えた作画も見事であり、僕としては近年、他の作品には感じられない描線の魅力を感じたものだった。星野リリィの人物造形を、西位輝実がアニメ用に手をいれたものだが、この人のどことなく70年代少女漫画風の色香がのった描線が、僕には非常に心地よいようだった。馬越嘉彦という達人も参加しており、作画は相当に充実していたと思う。第2期主題歌映像の末尾の陽毬と眞悧の描線は、ぞくぞくするほど僕には心地よかった。第2期副主題歌映像のトリプルHもまた然り。愛らしいのに引き締まった表情、描線が本当に素晴らしい。

更に、幾原が選んだ声優たちの声がまた心地よかった。
物語の要である陽毬を演じるのは荒川美穂。ウィキペディアによると2009年に声優養成学校を卒業したばかりで、まだ出演作も少なく、ほとんど新人に近い方である。
だが、彼女の声質は僕にとっては際立った存在感があった。
アニメでは、全般的に高域を強調された演技が主流だ。というか、昔からアニメの演技は高域を過剰に強調する傾向がある。
もっと言えば、日本の声優界全体が、高音を強調する演技を主流にしているように思われる。洋画の吹き替えを観ても、元の俳優の声質に比べて、声優陣の声は総じて高めである(※3)。ニュースやバラエティ番組の吹き替えでも、何故か元の声よりは遥かに高い声をだそうとする。
宮崎駿は自作品に、アニメを主に活動の場とする声優を避けて、一般の俳優をよく起用する。その理由はきっと、この高めの声が嫌いだからではないかと僕は思っているほどだ。
さて、荒川の声だが、彼女の声質は高域よりもむしろ、中域の響きに魅力がある。
現在の女性声優界は、オペラ歌手に例えれば総じてソプラノ系だ。皆、甲高いと紙一重の高い声を出す。
他方、荒川もソプラノ系とされているようだが、僕の耳の印象はメゾソプラノ系だ。響きが穏やかなのだ。彼女の声質は僕には非常に心地よく、上質の楽器の奏でる音のようにすら感じられると言っても大袈裟ではない。
どこまでが作った声なのかは知らない。だが、より素の声に近い響きに聴こえるのに、それが十分に美しい響きなのだ。絹のような耳触りの声、とまで言ってしまおう。
彼女を陽毬に起用したという点だけでも、幾原の慧眼を讃えたいし、また、彼の感性に今後も付き合っていきたいと思わせる。

他方、「いやだわ、早くすり潰さないと」の口癖で印象づけが行われた夏芽真砂子を演じた堀江由衣の声も出色だった。堀江はアニメ「ラブひな」の主人公を演じて大きな人気を博したそうで、既に実績のある声優だ。恐らくはもっと可愛い系の発声ができる方なのだろうが、ここでは低めの音域の発声を行っているのだが、声に芯があってきれいに響く。

ある意味、極めつけは渡瀬眞悧を演じた小泉豊だ。
久しぶりに声だけで圧倒的な存在感を出す声優に出会ったと思った。
塩谷翼(※4)が講師を務めるプロ・フィット声優養成所の第4期生だそうで、2005年10月卒?ということらしい。まだ出演本数は多くないようだが、この渡瀬眞悧の演技は僕としては最高だった。
彼が一言、「しびれるねえ・・・」と呟く、その重心のある低音を含みながらも、よく声が通り、響く様は、恐らくは天性のものだろう。あるいは多少は人工的に加工しているのだろうか?
彼の声を聴いて、「あしたのジョー2」でゴロマキ権藤を演じた、渡部猛の最高に格好いい低音演技を思い出してしまった。渡部の声は紛々たる昭和の匂いが立ちこめた低音で、小泉のそれはもっと洗練された感覚だが。
何故に彼がまだ無名に近いのか、理解に苦しむ。
男性声優界もまたも、高音を強調した演技に偏っていないだろうか?
だから、こうした低音域に魅力のある人が埋もれてしまっているのだろうか?
彼を発掘しただけでも、やはり幾原は只者ではない(周知のことか)。
音の響きに興味のある僕としては、「ピンクドラム」は声優陣の声の多彩な響きが、まさしく声の競演と感じられたものだ。

さて。
ここからが僕としては本題であるべきなのだが、この作品で使用されたトリプルHによる一連の歌に、僕はすっかり心惹かれてしまっている。
トリプルHは3人組の女子による歌手グループだ。作中には登場せず、ただ副主題歌の映像にだけ存在する。細かな設定を語ってもややこしくなるだけだし、それなら本編を観て欲しいのでここでは省くが、第1期の副主題歌「Dear Future」に登場する彼女たちの映像がまた蠱惑的だった。

3人の少女たちの戯れる姿を遠くから見つめる視点で描いているのだが、どこかしら神話世界のニンフ(Nymph:精霊)のように思われてくる。彼女たちが無邪気に遊ぶ様をみていると、まるで現世の苦悩を超越した存在であるかのように僕には思われる。
彼女らは、我々人間のどのような喜劇も、悲劇すらも、我々の手の届かぬ天上の高みから、ただおもしろげに眺めているのではないか―。我々がもがきながら生き、年老いて死んでいく時の流れの外にいて、永遠に変わらぬ姿で眺めているのではないか。
そんな思いに駆られるのだ。
「Dear Future」のこれまたどこかしら曖昧な響きも、何か彼女たちの微笑みをみているような不思議な感覚で僕を包んだ。
そのトリプルHは、劇中の生存戦略の場面で流れる「Rock over Japan」を皮切りに、物語の後半の副主題歌で次々と鮮烈な歌を披露した。
「Rock over Japan」の他、「イカレちまったぜ!!」「BAD NEWS(黒い予感)」「灰色の水曜日」など、聴きすすむうちに、歌の中に込められた牙のごとき闘気と、それでいて感じられる繊細さに、僕は魅了されていった。
凄くとんがった歌なのに、トリプルHの声で歌われると、それこそニンフたちが下界の我々の心をくすぐろうとしているかのごとき軽やかさが加わるので、すっと耳にはいってくるのだ。
トリプルHの歌を収録したCDは「輪るピンクドラムキャラクターソングアルバム」という、ずいぶんと素っ気の無い題名で販売を開始された。AKBにしろ、あまり女子グループのCDを買わない僕だったが、これは早々に購入して、ウォークマンにも録音して、よく聴いている。
ここでも荒川美穂の声が核になり、耳あたりのよい歌になっているのだが、しかし、歌の内容は甘ったるいものではない。
とにかく、力強い。言葉に力がある。
野郎言葉で語る歌もあれば、優しさに包まれた歌もある。
不穏な空気に敏感に反応するような歌もある。
だが、根源にあるのは怒りであり、溢れる闘気だと思う。それでいて優しさを感じるのは、
「強い奴ほど笑顔は優しい」というアレであろう。
何も知らなかった僕は、「女子のグループによくもまあ、こんな硬派な歌を歌わせたもんだ」「違和感がありそうでないのがおもしろい」「それにしても、凄い世界観だな。監督の趣味か?」と、この歌々が、ピンクドラムのために書き下ろされた曲と勘違いしていた。
ところが、この項を書き始めたついこの間だ。調べ始めると、この歌々は80~90年代に主に活動したロックバンドA.R.B.のカバー曲であると知った。

ピンクドラムで使用されたA.R.B.の楽曲
ARB(トリプルH)と「輪るピングドラム」から普遍性への語り。
さめたパスタとぬるいコーラ

原曲は作詞の殆どを歌唱の石橋凌が行い、作曲は白浜久、田中一郎、石橋凌の布陣。このCDのための編曲が橋本由香里という布陣になっている。
原曲の石橋の歌唱は生々しく、至近距離から日本刀で斬ッと、ぶった切るような重みのある迫力に満ちている。その凄みは今の時代になっても色褪せていない。
それどころか、不幸な時代に彼らの歌があまりに似つかわしくなってしまった。
寡聞にして、僕はこのバンドを知らずに20代を過ごしてしまったわけで、しかもこのバンドは既に活動を停止している。
だが、後悔するという感覚はない。
否、むしろ今という時代に巡り合えたことの方が、僕にとっては意義がある。
不幸にも、彼らの歌は80年代よりも、むしろこの2010年代にこそ、同時代性があるからだ。
80年代も90年代も、2010年代からみれば、遥かに穏やかな時代だった。
それが今はどうだ。40台のおっさんになって、改めて僕は怒りを感じねばならなくなった。生き延びながら、いかにこの怒りを世間に向かって形にしていこうか。
僕はそんな思いに駆られている。
こんな「汚れちまった」時代に響く彼らの歌に、僕はもしかすると救いを感じているのかもしれない。
―昔、こんな熱い歌を歌ったバンドがいたんだ。また、新しい歌で僕たちを元気づけてくれるのかも・・・・
無論、そんなものは夢想に過ぎない。既に活動を停止しており、人員もそれなりに年を取った。かつてのような怒りを噴き出すような歌が次々と生まれることは期待しない方がいい。
だが、それでもだ。
今からの時代を生きていこうとしている時、これらの歌に出会えたのは嬉しいことだと思う。
極端な物言いをすれば、「輪るピンクドラム」とは、A.R.B.の歌を現代に復活させるための作品だった―という捉え方すらできるかもしれない。

じゃあ、トリプルHとは何なのか? A.R.B.の歌を最初から使えばいいではないかということにもなるかもしれない。お遊びでピンクドラムの副主題歌映像にA.R.B.の原曲を流した映像がネット上で流されているのをみたが、これはこれで凄くあっており、違和感がない。
他方、トリプルHは直接の姿は見せないが、先に述べたように物語世界を見守るような存在だ。もちろん、現実世界での商業的な事情もあっただろう。
しかし、ありきたりのアイドルソングを歌わずに、A.R.B.のカバー曲を歌ったことによって、様々な効果が生まれた。
A.R.B.の歌が再評価された、今まで彼らを知らなかった者の耳に、彼らの歌が、世界が届けられた効果は大きい。
それだけにとどまらない。
荒川美穂、渡部優衣、三宅麻里恵の歌声は、天井から降り注ぐ、遠くから聞こえてくる女神の歌のように響くのだが、そこからは石橋の歌唱の生々しさがほどよく和らげられ、耳により届きやすくなっている。いきなり石橋の歌唱で聴いたら、人によってはきつすぎると感じられ、敬遠されるかもしれない世界が、トリプルHの歌によってより普遍性を得たかもしれないのだ。
トリプルHという緩衝地帯をくぐり抜けて、僕たちはより過酷なA.R.B.の世界を受け入れることができたのかもしれない。
同時に、荒川美穂を核とする彼女らの声の質によって、単なるアイドルによるカバーで終わらずに、独自の存在感も示していると、僕には感じられるのだ。A.R.B.の熱心な支持者には不快かもしれないが、僕はトリプルHの歌唱は、原曲から独立した世界を展開できていると思うのだ。
繰り返すが、石橋の歌唱は、眼前に突き付ける刃だ。
他方、トリプルHのそれは空から降り注ぐ天の声なのだ。

個々の歌についてはここでは敢えて触れない。You Tubeでも視聴できるが、僕としては購入して実際に自分の財産として聴いてみて欲しい。トリプルHの歌も、原曲のA.R.B.の歌も、ともに心の糧にする価値が十分にある。


追記
まだMIOの第2、第3アルバムの紹介が残っている。
「イデオンⅠ」の演奏陣の紹介も途中で途絶えている。
宿題が山積みである。


※1)僕は「少女革命ウテナ」も未見だ。しかし、かなりとんでもない作品のようだ。それにしても幾原監督はよくもまあ、こんな突拍子もない作品の製作を実現化させたものだ。どうやって資金提供者を説得(もしくはダマ)したのだろうか? しかも「ウテナ」という怪作に続いてである。また、10年以上も目立った作品を作らずに生き残り続けたことと言い、相当に強かな人物と思わざるをえない。
※2)寺山修司の「不思議図書館」でビザールという言葉を知ったと記憶している。ウィキペディアにすら項目がないのにはびっくりした。まあ、SM行為を連想させる服装のことだよなあ。
※3)だから、若い頃の僕は、吹き替えよりもそのままの俳優の声を聴くべきだと思っていた。だから字幕派。でも、結局、何いってんだかわかんないんだからカッコつけずに吹き替えで楽しむのもいいよな~とオヤジになってから思うようになった。
※4)僕にとってはトリトンとコスモを演じた、永遠のヒーローである。
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