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[C11] 嘆きの管理人

2012/12/15・・・・仕事がはいってました。
モロにライブの時間に重なってました。
せっかく、大阪でMIOの歌が間近で聴ける機会だったのに・・・・。
すっかりしょげちまいました(*_*)
  • 2012-10-07 12:49
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歌姫に乾杯を 「aesthetic」

他の記事が著作権に抵触したとて、凍結処置が行われました。歌詞の紹介を制限せざるをえません。
このアルバムは廃盤であり、ここに収められた歌詞も検索することもできません。
資料として保存したいのですが、JASRACと交渉する余裕はないので、記事を訂正ました。
ご理解お願い申し上げます。
平成28年8月3日 管理人より


aethetic.jpg
MIO 「aesthtic」 RIV.STAR RECORDS 1986 32RR-0009 ジャケット表
「aesthetic」はMIOの現時点で最後のオリジナルアルバムになる。
発売は1986年7月。製作したのはリバスター音楽産業(Riv.star records)だ。
曲目は全10曲。
1) シルエット 作詞:なつみ海(まりん)、作曲:山崎一修、編曲:芳野藤丸
2) Dance W/Me 作詞:なつみ海(まりん)、作曲:芳野藤丸、編曲:芳野藤丸
3) 哀しみはFREE 作詞:小林まさみ、作曲:鈴木雄大、編曲:芳野藤丸
4) 雨のクラクション 作詞:小林まさみ、作曲:山中紀昌、編曲:渡辺直樹
5) せつなさをさらって~My summer junction~
        作詞:佐藤ありす、作曲:山中紀昌、編曲:芳野藤丸
6) Tonight 作詞:なつみ海(まりん)、作曲:山崎一修、編曲:芳野藤丸
7) プライベート・ムーン 作詞:小林まさみ、作曲:鈴木雄大、編曲:芳野藤丸
8) 華やかなジェラシー 作詞:小林まさみ、作曲:芳野藤丸、編曲:芳野藤丸
9) Best My Friends 作詞:小林まさみ、作曲:山中紀昌、編曲:渡辺直樹
10) Last Flight 作詞:小林まさみ、作曲:鈴木雄大、編曲:芳野藤丸

関わった製作陣は全てローマ字表記で紹介されている(※1
「Produced」には,FUJIMARU YOSHINO(芳野藤丸であろう)とある。
「Directed」にはYOICHI KAKUMOTとFUJIMARU YOSHINOの連名が記されているが、前者を特定することは僕にはできなかった。
奏者名としては
ドラムに岡本敦男(元スペクトラム)
ウィキペディア
同じく長谷部徹
長谷部徹ウィキペディア
エレキベースに渡辺直樹(元スペクトラム)(※3
渡辺直樹ウィキペディア
同じく松原秀樹
松原秀樹公式HP
エレキギターに芳野藤丸自身。
鍵盤に山田英俊
山田英俊略歴
中西康晴ウィキペディア
シンセサイザーに大島ミチル
大島ミチルHP
大島ミチルが語る録音風景
同じく山田英俊(上記)
打楽斉藤ノブウィキペディア
斉藤ノブ公式HP
同じく菅原裕紀
Percussionist-菅原裕紀のブログ-
菅原裕紀に触れたフェイスブック記事
同じく鳴島英治
鳴島英治と録音風景に触れたHP
トランペットに兼崎順一(元スペクトラム)
あのひと検索 スパイシー:兼崎順一
トロンボーンに早川隆章
早川隆章公式HP
サックスに包国充
michulle Sax Web site
サックスおよびフルート独奏にJake.H.Conception(※2
ジェイク・H・コンセプション:ウィキペディア
他、弦楽器奏者のNAKANISHI GROUPは特定困難だった。

以上、あえて長々と演奏陣の名前を列記してきた。
併記した彼らの記事などに目を通していただければわかるが、錚々たる面子を揃えてのアルバム録音だったことがわかる。30年前の録音当時と今の状況は異なるだろうが、恐らく当時でも十分に評価の高い奏者を揃えていたと思われる。
この点に、僕は注目したい。
aethetic解説

正直に話すと、実は僕はこのアルバムは好きではない。
嫌いとも言わない。わけはおいおい話そう。
このアルバムを買ったきっかけは、当時購読していた「CDジャーナル」の新譜紹介欄を見て気づいたからだと思うが、記憶は定かではない。
発売元がキングレコードではなかったので、率直な気持ちは「ああ、やっぱり普通の歌が歌いたくて飛び出しちゃったんだな」というものだった。
でも、どういう事情があったかは別として、僕はMIOの歌が好きだったから、このCDを買った。
買って、何度か繰り返し聴いたと思う。それなりに、ここに収められた音楽は、僕の記憶に染み込んでいる。
だが、好きになれなかった。
恐らくはMIOが望んでいた、アニメ色を排した、大人の女性の恋心を綴った歌々が並べられている。音作りも悪くない。演奏陣も充実していると思う。実際、この文章を書くために調べてみたら、上に記した通りの実力者たちだ。
録音も当然、悪くない。MIOの声も全盛を保っている。
それなのに、好きになれない。
かつて、とても大好きだった女の子に何年かぶりにあったら、確かに大人びていて、それなりに着飾ってもいるのだが、かつてのようなはつらつとした趣きは影を潜めて、元気がない。何か無理をして大人びているようにも思える。
そんな印象なのだ。

アルバムの表紙は、暗闇に広がる赤いレーザー光を背景に熱唱するMIOを映し出しているが、はっきり言って下手な構図だ。黒の背景とMIOの分離ができていないから、パッと見て、何を映しているのかよくわからない。MIOが引き立っていない。
解説には富澤一誠という音楽記者が「とにかく“素晴らしい”-彼女は歌で“感動”を与えられる本物のシンガーだ」という題名で一文を寄せている。もはや絶盤であり、リバスター音楽産業も解散している。この文章が再録されることはないだろうから、前半だけ転載する。

 灯台下暗し―灯台またはロウソクを立てる台のすぐ下のあたりはかえって暗いように、手近なことはかえってわかりにくい―である。
 MIOのこのアルバムを聴いたときに激しくそう思った。こんなすごいシンガーがいたのか、と・・・。恥ずかしい話だが、僕は彼女の存在を5月21日に発売されたシングル「哀しみはFREE」まで知らなかった。この曲が彼女のデビュー曲だとばかり思っていたのだからこそ、よけいにびっくりしてしまったのだ。なぜなら、ニューミュージックの“新人アーティスト”で彼女ほど歌唱力のあるアーティストはこれまでにいなかったからだ。
 しかし、彼女は“新人”ではなかった。既にシングルを6枚、アルバムを2枚出しており、「HEY YOU」「ダンバインとぶ」などのヒット曲も出している。にもかかわらず、ぼくは彼女の存在を知らなかった。これは評論家として怠慢と言われてもしかたがないが、ひとつだけ言い訳を許してもらうなら、彼女は、いわゆる“アニメ歌手”であったために、ニューミュージックを専門ジャンルとするぼくのアンテナにはひっかからなかったということだ。
 アニメ歌手―こういう分類が妥当かどうかは疑問だが、アニメのテーマを専門に、もしくは多くうたっているシンガーをそう呼ぶらしいが、正直に言って、アニメ歌手はふつうの歌手とはいっこう趣が異なるものとして受け取(筆者注:ママ)められているようだ。俳優に対する声優のように、ふつうの歌手に対してアニメ歌手はなぜか趣味的な歌手のようなイメージが強いようだ。そんなことはないのだが、イメージとは恐ろしいもので、アニメ歌手がどんなに素晴らしい歌をうたってたとしても、アニメ歌手という、ただそれだけの理由で、ぼくらは無視してしまうというか、興味の対象からはずしてしまう。彼女もそんな存在だったというわけだ。(以下、割愛)

どうだろうか。
正直、僕はこの文章が嫌いだ。
確かに、MIOを絶賛している。割愛した後半では特にだ。
アニメ歌手というだけで偏見をもたれて、気の毒にという姿勢も示している。
でも、だ。
言い訳が多すぎるのだ、この文章は。
別に富澤がMIOの存在に気づいていなかったこととか、ニューミュージックの評論家連中がアニメ歌手のことを歯牙にもかけていないとか、そんなことはアニメ愛好家は百どころか、一兆も承知だ。
いったい、誰に向かって言い訳しているのか? アニメ愛好家か、それともニューミュージックの評論家たちか?
言い訳の裏には、それをしないと己の気が済まない深層心理があるものだ。
鼻の高い家の人間が素性の気に入らない娘を嫁に迎える(青年を婿に迎える)ような時に、こんな対応をするものだ。「この子はこんな出のこんな子ですが・・・」なんて、最初に言われたら、後でどんなにほめそやされようが白々しい。
本当に素晴らしいと思うなら、出自をどうこういう言い訳など不要だ。
言い訳と事実確認は、意味が違う。
本人は善意のつもりであっても、その根底に潜む差別意識が滲み出てしまった残念な解説としか、僕にはいいようがない。

更に突っ込めば、「あなた、MIOのアニメ歌手時代の歌、聴いてないでしょ」と言いたくなる。
富永は「アニメ歌手も立派な歌手ですよ」と口では言ってるが、MIOのアニメ時代の歌についての評価には触れていない。本当にふつうの歌手もアニメ歌手も変わりがないというなら、MIOのアニメソングの素晴らしさも評価してほしいものだ。
たぶん、彼は聴いていない。「MIOのアニメソング? 別に触れなくてもいいでしょ。どうせアニメソングだし、僕の嗜好とは違うから」と。
もしも聴いていたとしたら、例えば、「Get it!」を聴いていたら、これに触れずに解説を書けるものだろうか? あんな凄い歌を聴いて、一言も触れずにいられるだろうか? それともこの歌の魅力に気づきさえしなかったのだろうか?

この文章を読んで、僕は不安になった。
こんな家(レコード会社)に嫁いで(移籍して)大丈夫なのか?
と、いうのが僕の素直な気持ちだった。

リバスター音楽産業は佐川急便が設立した会社である。活動期間は1982年から1993年とわずか12年間だった。
佐川急便の創立者である佐川清(故人:1922年3月16日 - 2002年3月11日)は立志伝中の人物である。
佐川急便社長として経済界で成功を獲得した後は、様々な有名人に経済的援助、すなわちタニマチとして支援を行った(※4。リバスター音楽産業も、そうしたタニマチ活動の一環であり、佐川急便の事業展開や事業拡張のために計画的に設立されたものではなく、佐川清個人の趣味で設立されたものだった。
だから、東京佐川急便事件という疑獄事件を契機に、佐川清が失脚すると、彼の趣味で作られた会社であるリバスター音楽産業も活動停止となっている。つまり、佐川清の後ろ盾がなければ存続できない経営状態の会社であったということだ。
佐川は非常に強烈な個性の持ち主であったという。そして、彼のタニマチ活動のためという、非常に個人的な目的で作られたのがリバスター音楽産業だった。ならば、その会社に集められた人材も、佐川清の個性の影響を強く受けていただろうと推測される。
憶測に過ぎないとはいえ、社風的にリバスター音楽産業は相当にいけいけかつ強引なところもあったのではないだろうか。アイドルグループである「セイントフォー」の所属事務所とリバスター音楽産業の対立は醜悪な混乱をきたしたことが記録されている。
会社設立時には、「とにかく使えそうな歌手はどんどん取り込め!!」という雰囲気があったかもしれない。その勢いにMIOが取り込まれたのか、自ら飛び込んだのか、引き抜かれたのか。当事者に聞けばわかることなのだが、時も過ぎて、いい思い出ばかりでないとなれば、事実は容易に明らかにはしてもらえないのかもしれない。
リバスター音産
セイントフォーの軌跡

・・・さて、ここまではこのアルバムについて否定的な気持ちばかり、並べてきた。
だが、いよいよ、さあ文章を書こうという段になって、演奏陣を調べていくと、最初に記したように次々と「元スペクトラム」の経歴の持ち主たちが登場してくるではないか。
これはいったい、どうしたことか。
「エリア88」「Mr. Monday Morning」の音楽製作でMIOと関わってきたのが新田一郎である。彼がかつて活躍していたグループがスペクトラムである。
キングからリバスターに移籍したMIOの音楽を、元スペクトラムの、新田と知友の人間が担当する。これは、新田のMIOへの贈り物だったのだろうか。新田はMIOの移籍にどのように関わっていたのだろうか。
やはり、これも当事者に伺うよりないことだが。
僕はずっと、このアルバムが好きではなかった。嫁にやった娘が、馴染まない家で居心地悪くしているように思えて嫌だった。そういう視点が拭えなかった。
だが、気づいてみれば、さりげない応援の、励ましの手が見えた。その手の温もりに、僕も少し、このアルバムの価値を捉えなおしてみたいと思うようになっている。

現場監督の一人である芳野藤丸は1970年代から活動を開始したギター演奏者で、ロックバンドのSHOGUNを結成したり、様々な歌手に楽曲を提供したりしている。
「魁! 男塾」の主題歌で、一世風靡セピアが歌唱を担当した「汚れちまった悲しみに」は、その活きのよさが清々しくも格好いい、今でも好きな一曲だ。
元々、録音演奏家として実績を重ねて高い評価を受けていた芳野は、音楽監督の仕事もこなせる才能の持ち主だった。一時期、活動が停滞した時期もあったようだが、現在も現役で活動しているし、「エヴァンゲリオン」の音楽録音にもギター奏者として参加したとウィキペディアに記載がある。
さて、彼が監督したアルバム「aesthetic」だ。aestheticとは「美学」という意味だ。
Yahoo辞書
更に美学とは「美しさに関する独特の考え方や趣味」ということになる。
Yahoo辞書
この意味を受けてアルバムを聴くと、人生の悲しみも喜びも出会いも別れも、それを美しく磨いて歌い上げることを目指したように思える。

1曲目の「シルエット」はいきなり濃厚なサックスの独奏で始まる曲だ。30秒くらいの長い独奏(前奏)が一息ついてから、MIOが歌いだす。
なつみ海(まりん)の歌詞は、愛し合っているが結ばれそうにもない、不安定な男女の様を描いている。そんな情景をMIOがしっとりと歌い上げる。
「溶けていく 波打つ心たち 風より しなやかな 愛が欲しい」
「せめないわ たとえ別れようと それ程 狂おしい 愛がすべて」
の件では、抑え目な発声にしながらも、別れがくるとわかっていても抑えきれない愛情(情欲なのかもしれないが)を、吐露するようにMIOが歌っている。
間奏でもサックスが濃密な調べを奏で、男女が閉ざした部屋の中で情を交わす光景に彩りを添えている。
それにしても、濃い。
かなり濃い、男と女の世界だ。
もしかして不倫ですか?と聞きたくなる後ろ暗さも感じさせる世界観は、演歌のそれに近い。
なつみの歌詞も雰囲気先行で、音楽と合わせて初めて完成する世界のように思う。
とにかく、この歌はサックスの濃さがMIOよりも目立ってしまいかねない。本来、歌姫登場までの露払いとしてのサックスなのかもしれないが、むしろこちらが主役にさえ錯覚しかねない。
解説にはこの曲でサックスを吹いたのは誰かとは記していない。推測するに、“Solo”として招聘されたジェイク・H・コンセプションなのではないかと思う。
現在、「King of Sax」の称号を与えられた存在だが、恐らく1986年当時も同様の賞賛を得た存在だったのだろう。
こうした大物を招聘して録音に挑んだわけであり、その点ではMIOの扱いは決して悪くはなかったと思う。
だが、大物に気を使いすぎて、MIOの存在がかすみかけているのも事実だろう。
演奏家に予算をかけすぎたのか、作詞については新人のなつみ海(まりん)らが起用されているのだが、いかんせん、言葉の力が弱い。
それでもサックスの濃さに押し切られずに存在感を示したMIOの歌唱はさすがだし、据え置き再生で聴くと、「ああ、MIOの声はやはりいいなあ」と今さらながらに感じさせてくれるので、やはり僕たちの歌姫は凄いのだが、歌詞にもっと力があればとも思わずにはいられない。
残念ながら、なつみ海は、このアルバム以後の作品を検索しても、見出すことはできなかった。
作曲の山崎一修も、リバスター音楽産業関係の曲をいくつか検索しえたのみであった。

2曲目の「Dance W/Me」もディスコダンス風の前奏で始まる。伴奏では元スペクトラムのドラム、トランペット、トロンボーン陣が躍動する。打楽器(パーカッション)の転がるような響きも耳に残る。

「最後の言葉を捜す あなた見るのがつらいの」
「初めから 気付いてた いつかこんな日がくると」

なつみによる歌詞だが、ここでも別れが主題となっている。
そして、この歌でもどちらかというと、僕の耳にはMIOの歌よりも岡本敦男のドラムや打楽器の響きの方が残ってしまうのだ。

3曲目の「哀しみはFREE」はシングル盤でも発売されたらしい。作詞:小林まさみ、作曲:鈴木雄大、編曲:芳野藤丸の布陣だ。
この歌もまた、濃密なサックス独奏で始まるのだが、「シルエット」とは異なり、露払いとして時間も短めに、早々に歌姫に舞台を譲っている。

「もう振り向かない 失った日々は 今悲しみはFREE 誰よりも・・・ 自由」
「いつの日にか優しさよりあなただけを求めてた・・・ もう振り向けない 失った愛は」

作詞の小林まさみはウィキペディアに項目が製作されているが、そこに並べられた作品は決して多くはない。
小林まさみ ウィキペディア
とはいえ、「いつの日にか優しさよりあなただけを求めてた」や「振り向かない」から「振り向けない」への意味合いの変化など、着目したい言葉が見受けられる。
作曲の鈴木雄大は1983年に発表した「レイニー・サマー」で評価を確立した歌手で、作詞と作曲も自ら行ういわゆるシンガーソングライターだ。「レイニー・サマー」に聴ける声質は、高音域を主体としている。
そのためか、この歌も高めの音域をゆったりとMIOが歌っている。彼女だからさりげなく歌えるが、僕のような普通の音域しか声を出せない人間には難曲だ。
MIOの声の美質をよく引き出している歌だろう。

4曲目の「雨のクラクション」は重いドラムとエレキギターの前奏で始まる。作詞:小林まさみ、作曲:山中紀昌、編曲:渡辺直樹の布陣。
作曲の山中はアニメ関連の作曲の経験も豊富だ。
アニメ関連の作品一覧
http://www.allcinema.net/prog/show_p.php?num_p=249068
http://anison.kenichimaehashi.com/search?in=artist&keyword=%BB%B3%C3%E6%B5%AA%BE%BB&page=0
力強さを表に出した男性的な声質で、MIOも灰色の雨飛沫の情景を歌っている。
振られたと思って女が雨の中をさまよい、絶望に打ちひしがれていたのだが、男は車でおいかけてきて彼女を抱きしめる。めでたしめでたしという歌だ。
始まりは重苦しく、暗い情景なのだが、途中でコーラスも伴奏に加わり、雲間に光が刺すような明るさがもたらされる。終曲前にはめ込まれたサックスの響きも、どことなく軽やかで、温かみがある。
言ってしまえば痴話喧嘩と仲直りを大袈裟に描いた歌、となるが、けっこういい曲である。
一編の物語としても悪くない。男は喧嘩の後ですぐに謝りにきたりして、ちょっと立派すぎるきらいもあるが(そんなできた男はそうそういない)。
あれれ、・・・いい歌じゃないか。

5曲目の「せつなさをさらって~My summer junction~」はけだるさと切なさを押し出した曲だ。作詞:佐藤ありす、作曲:山中紀昌、編曲:芳野藤丸の布陣。
別れた男との思い出を懐かしむ歌だ。
前半は静かな曲調で過去を思い出すのだが、後半は激情を迸らせて「忘れたくて忘れられる恋じゃないから こわいくらい愛していたと今さら思う 逢いたくても会えない人」と、未練が溢れ出てくる。
この歌も悪くない。
だが、そろそろここらへんで僕は「・・・ちょっと飽きてきた」という心持がしてきてしまうのだ。
男女の恋愛は人生の永遠の試練とはいえ、そればかりでもない。というか、確かにどんな物事の根底にも男女の関係は見え隠れするのだろうが、ずばり好きの嫌いのという話ばかりが並ぶと食傷気味になる。
確かにアニメ色を払拭して、「ふつうの」歌になっているが、逆に言えば「ふつうな分、目立たない歌」になりかねないのだ。
別にアニメ的である必要はあるまい。モビルスーツもウォーカーマシンもオーラバトラーもヘビーメタルもチャム・ファウもいなくてもいい。
だが、速球ばかりでは見透かされる。変化球も欲しいところなのだ。

6曲目「Tonight」もまた恋愛歌で、これは軽やかで朗らかな歌に仕上がっている。作詞:なつみ海(まりん)、作曲:山崎一修、編曲:芳野藤丸の布陣。
新しい彼氏の前で格好つけるのはやめて、好きという気持ちをさらけだして一晩中踊り明かすというお話。
「何故か声をあげて Fallin’ love言ってみたい Love me now 揺れるような Night City wow wow」の件は、日本語の部分と英語の部分のかけあいも楽しい。「素直な女に生まれかわるの」のMIOの声の伸びも軽やかだ。
なつみの歌詞と山崎の音楽の掛け合いが、最も成功した曲だろう。

7曲目「プライベート・ムーン」は夏の終わりを思わせ、「さよならはtenderly」を思い起こさせるような静けさと淋しさのあふれる曲に仕上がっている。作詞:小林まさみ、作曲:鈴木雄大、編曲:芳野藤丸の布陣。
ここでもサックスの独奏が伴奏として強調されているが、背景に溶け込むような音色であり、ひっそりと歌っている。
系譜としては「セレナードは秘めやかに」に連なる歌で、夜のひと時を恋人と過ごすくつろぎを歌っている。

8曲目の「華やかなジェラシー」はうって変わって動的な音楽になっている。作詞:小林まさみ、作曲:芳野藤丸、編曲:芳野藤丸の布陣。
冒頭から光が迸るように歌が流れる。
主人公の恋人が、こっそり他の女とも付き合っていることに気づく。
別れようと思っても別れられず、激しい嫉妬を「華やかなジェラシー」と言いつくろう、女の心情を歌っている。
物語とともMIOの歌にも加速がついていく。「一夜だけの幻だと信じたいけど」からは更に飛び立たんばかりの勢いで、結びの「華やかなジェラシー」は言霊と声が一つに重なって、極彩色の画面に光が舞い踊っているような感覚に襲われる。
間奏のトランペットの響きも輝かしく、これって、名曲かもしれない?

9曲目「Best My Friends」は「Tonight」と同じ雰囲気の軽やかな歌だ。作詞:小林まさみ、作曲:山中紀昌、編曲:渡辺直樹の布陣。
振られた気分を晴らすために友達に召集をかけて、一晩遊び明かすというお話。賑やかでキラキラした感じに仕上がっている。
う~ん、でも1980年代の「友達歌」はパーソンズの「ディアフレンズ」、レベッカの「フレンズ」という名曲があり(僕でも知っているくらいだ)、そこに歌いこまれた悲しみの深さと比べると、それだけの深い悲しみを癒してくれる友情の深さと比べると、ちょっと、軽すぎるのだ。だから、「う~ん、友達と騒げてよかったねえ」というくらいの感想しか出てこないのが辛いところかもしれない。

最後の「Last Flight」は、しげしげと聞いていると、某かその後のMIOを暗示しているようにも思われる。作詞:小林まさみ、作曲:鈴木雄大、編曲:芳野藤丸の布陣だ。
前奏はふと、「うる星やつら~リメンバー・マイ・ラブ~」の主題歌を思い起こさせる、静かで、語りかけるような響きだ。

「全て投げ出してあなたのもと ついてゆきたいけれど こんな都会(まち)にも私をつないでる夢があるの」
「さようならと引きかえに 胸に残る 素敵な日々を ありがとう・・・」

女のもとを去ってゆく男、そして女が残ると決めた都会(まち)。
ただ、男は決して女を捨てたわけではなく、女が彼とともに旅立つことを拒んだのだろう。
僕には女がMIO自身に、男はその時々に属する事務所、そして残る都会とは、その時々のMIOが選択した歌の世界であるように思うのだ。
アニメソングでもっと目立とうという会社と別れて、ふつうの歌を歌う夢を選んだ。
時が変われば、ふつうの歌をもう少し歌ってみないかと言われたが、アニメ界が歌姫の帰還を待っている、待ってくれている人々の前で歌う夢が見つかり、帰ることを選んだ。
そんな勝手な物語が、僕の脳裏に浮かんでくる歌なのだ。
この歌が締めくくりであることは、僕には象徴的に思える。

「aesthetic」は、恋愛を1980年代の当世風に華やかに美しく歌い飾ることを目指したのだろうか。改めて一つ一つを聴けば、いい曲が並んでいる。
と、今さらながらに思う。
だが、構成として単調なのだ。恋愛の描き方も「振られて悔しい」「彼氏ができて嬉しい」という物語構造一辺倒だから、聴きすすむにつれて飽きがきやすい。
音の構成も個々に聴けば、奏者も優れており、聴かせてくれるのだが、続けて聴いていると、やはり同じような響きに感じられてしまい、損をしている。
お手本として新田一郎の「Mr. Monday Morning」をあげるなら、1枚のアルバムに恋愛以外にも少年の成長物語があるし、恋の歌といっても星巡りにしたり、もっと物語風にしたりと内容が変化に富んでいる。
率直に言えば、物語を担当する作詞部門が弱かったと言える。作詞の展開する世界観にもっとメリハリがあり、広がりがあれば、曲もそれに併せてもっと変化が出せたのではないだろうか・・・・。厳しい言い方をすれば、作詞家が作曲家をのせられなかったのだ。個々の奏者の力量は折り紙つきであった分、彼らの技量にもたれかかってしまった感が、僕には否めない。
その結果、奏者の様々な独奏や音が気になって(そうした録音調整にしているのかもしれないが)、肝心のMIOの声がやや脇役に回ってしまったようにも感じられるのだ。

確かに、スターチャイルド時代はどうしてもアニメという呪縛から逃げきれなかった。だが、それを逆手に取れば、錚々たる作詞、作曲者のもとに、多彩な世界観を歌うことができていた。アニメソングもアルバムの彩の一つと割り切れば、邪魔ではなかっただろう。
リバスターでMIOは「ふつうの歌」を歌える「ふつうの歌手」になることができた。
だが、「ふつうの」目立たない歌手になってしまった。
リバスターが出したアルバムはこの一枚だけ。以後は単発のアニメソングとライブ盤だけの発表となっている。
あたら、最も活動すべき時期に、ほとんどアルバムを発表することができなかった。
それを、僕は無念と思う。

だが、そんな僕の勝手な思い込みとは別に、意外と歌姫は自由を満喫しているようだ。
先に再発売されたキング時代のアルバムに寄せた一文でも、ただ歌いたいから歌い続けて今があるという、いさぎよい言葉が刻まれている。
今、歌姫はアニメもふつうもなく、ただ、自分が歌いたい歌を歌っているようだ。知らなかったのだが、僕の住む大阪でも定期的にライブを開いているという。
直近では2012年12月15日に「えでぃさんの店」でライブを開くのだそうだ。
妻を連れて、是非とも聴きにいきたいと思っている。

歌姫は飛び続けた。
今も、飛び続けている。
前よりも自由に、前よりも強かに。

健在なるMIO(MIQ)に乾杯!!!

MIOの項、これにておしまい。
※1)ローマ字表記は一見、格好いいのだが、後で調べ物をするときには非常に困る。幸い、演奏陣は名が通っていたので推定しやすかったが、そうでなければ検索の使用もない。日本語表記にしてもらいたいものだ。ローマ字表記にするということは、漢字や平仮名に籠められた意味性を失う(廃棄する)ことでもある。
※2)最初、サックス・フルートという楽器でもあるのかしらんと思ったが、サックスとフルートということだった。全く構造が違う楽器なのに、何故かこの両者を同時に奏する人は多いらしい。
※3)渡辺は直近(2012年9月)では「浪速少年探偵団」の音楽にも参加している。
http://blog.toshiyuki-watanabe.com/?eid=1095557
※4)猪木寛治がアントニオ猪木としてプロレス活動を行っていた頃も、佐川は資金援助を行い、新日本プロレスの株式(非上場)の過半数を保持していたことは、プロレス愛好家の間では周知されている。佐川清没後は紆余曲折を経て、猪木寛治も新日本プロレスの経営から離れ、この会社は現在、ブシロードグループパブリッシングの子会社となっている。
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