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[C61]

デューク・フリードとグレンダイザーを騎士と馬に喩える考察には「なるほど」と思いました。私はもっぱら『サンダーバード』の出撃シーケンスばかり連想してたんですけどね。

スタッフの移行や原作者の立場など、いろいろと大人の事情があったようで、とても興味深いですよね。『ゲッターロボ』では永井豪と石川賢が「合体前と合体後の尺が合わなくても構わないから、造形的にカッコイイものを作る」という考え方でロボットのデザインをしたそうですが(だから、実際に合体する玩具が作れなかった)、ダイナミックプロとは無縁の『コンバトラーV』あたりになるとポピーが企画会議に参加していて、「TV同様に変形・合体できる玩具を作るという前提でロボットをデザインする」「玩具の宣伝を兼ねて、合体シーンはたっぷり時間を取る」ことを明確にしてたそうです。結果として、造形的にゴツくなった。

キャラクターデザインはグレンダイザーの次作『惑星ロボ ダンガードA』が荒木伸吾(+その弟子の姫野美智)の担当でしたよね。東映動画は『タイガーマスク』から『ゲッターロボG』あたりまで続いていたゴツイ絵柄(小松原)から、グレンダイザーより少し早く始まっていた他社製作の『勇者ライディーン』の美形悪役の人気にあやかった美形キャラの投入に踏み切ったんだろうと推測します。当初は小松原色がだいぶありましたが、特にマリア登場の頃から美形キャラ傾倒が顕著になりました。「ロボットはゴツく、ヒューマノイドは美しく」というところでしょうか。(こうなると、兜甲児の立場がますますないw)

ところで、小池一夫は東文彦名義で『マジンガーZ』の主題歌も作詞してました。
http://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1605/24/news098.html

なお、擬音スキャットは渡辺宙明の得意技で、元の詞にはありませんでした。
http://news.mynavi.jp/articles/2012/09/08/mizuki/001.html
http://news.mynavi.jp/articles/2009/12/29/watanabe/002.html

あと、細かいことで恐縮ですが、「コロンビア」→「コロムビア」、「菊地」→「菊池」です。

それにしても、グレンダイザーはなぜこうも海外(アメリカ以外)で人気があるんでしょうね?ちなみに、1980年代、アメリカで『マジンガーZ』が放送されてた時、アメリカ人に「あれは暴力過剰」と言われた経験があります。私は「え?ロボット同士が戦ってるだけなのに?」と面食らいましたが、アメリカでは「子供向け番組で暴力描写をしてはいけない」という風潮があるので、親が子供に見せたがらなかったんではないでしょうか。

以上、長文すみません。
  • 2016-06-08 04:25
  • JoJo
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  • 編集

[C66] 管理人です

承認が遅くなり、大変に失礼いたしました。
「騎士と馬」のたとえは、僕も気に入っています。子供の頃は気づかず、この文章を書きながら、「何で欧州で受けるんだろう?」と考えていると、思い立った次第でした。
絵柄の変遷は興味深いですよね。「ライディーン=安彦」の絵柄に東映が影響を受けた(対抗心を燃やした)という指摘はなるほどと思いました。
誤字、脱字、訂正ありがとうございます。新しい記事で注意します。

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グレンダイザーの旗の下に 「とべ! グレンダイザー」

2013年現在のイラク国旗

2013年現在のイラク国旗

「UFOロボ グレンダイザー」は昭和50年(1975年)から約1年半にわたって放送され、マジンガー3部作の最後を飾った作品だ。
ただし内容的には前2作品とは大幅に趣が変わっており、同系列とはあまり感じられなかったりする。
というのも、前作であるグレートマジンガーの人気が今一つだったらしく、続くグレンダイザーの誕生には紆余曲折があったからだろう。
不人気の原因についてはウィキペディアの記事を読まれるとよいが、ここに僕にとっては衝撃的な、剣鉄也にまつわる証言が掲載されている。
‐『原作者である永井豪や脚本家の藤川桂介からは「何の面白みの無いキャラ」と評されている』
・・・あんまりと言えばあんまりだ。主人公ともあろうものが、原作者と脚本家から鬼子扱いとはむごすぎる。
確かに、僕が目にした少ない機会の中でも、TV版の鉄也は面白味がなかった。以前の記事でもデューク東郷のようだと評したが、人としての面白味に欠けていたと思う。喜怒哀楽の激しい、人としての生々しさと熱さを感じさせてくれた、桜多吾作版の剣鉄也とはずいぶんとかけ離れていると感じられた。

ウィキペディアには、グレートマジンガーについて『本作は、企画自体が作者の永井豪曰く「寝耳に水」で、永井の意向は「マジンガーZ」を長く続けることだったが、玩具メーカーの意向によって本作は生まれた」というのである。
この文章から察するに、広告主(ポピー)と東映動画は、当初、グレートの企画そのものを原作者(ダイナミックプロ)に秘匿していたことになる。そして、作品の内容や製作計画も決まって、修正ができない段階になって、ようやく永井側に報告した可能性を僕は考える。永井の意向を組む態勢であれば、「寝耳に水」などという表現は出なかっただろう。
グレートが初めて登場した映画「マジンガーZ対暗黒大将軍」が昭和49年(1974年)の夏休みに公開されている。ここから逆算すれば、グレートの企画立ち上げは昭和49年冒頭前後くらいからではないか。「マジンガーZ」の放送開始が昭和47年の12月であるから、この時期はマジンガーZが始まって1年くらいである。マジンガーZ人気がうなぎ上りの時期だというのに、広告主は既に次回作(新商品)の構想を考えていたことが推測される(※1)。
そして映画の公開後の9月、鳴り物入りでグレートマジンガーの放送が始まった。

グレートマジンガーの主題歌「おれはグレートマジンガー」は、TV放送版では、いきなりダダン!とドラム(ティンパニらしい)が轟くや、すぐに歌が始まる構成になっていた(※2)。簡潔だが衝撃の強い、優れた導入だ。

うたまっぷ.com おれはグレートマジンガー

作詞:小池一夫、作編曲:渡辺宙明、歌唱:水木一郎とコロンビアゆりかご会の布陣。
・・・なんと作詞を、何気にあの小池一夫が担当しているではないか。
この歌詞を書いた小池一夫は、「子連れ狼」など多数の作品を手がけ、昭和40~60年代の漫画界を席巻した漫画原作者である。梶原一騎とはまた別の意味で非常に男臭い作風が特徴的な作家だ(※3)。
そんな小池がクソガキどもに投げつけた言葉ときたら、体育会系のノリの、「甘ったれてンじゃねえぞ、クソガキどもが!! 厳し~い戦いが待ってンだからな!!」と言わんばかりの代物だった。
何しろ、いきなり「ダッシュ! ダッシュ! ダンダンダダン」と目の前で汗水たらして校庭200周うさぎ跳びの真っ最中のような掛け声で始まるのだ(※4)。“兄貴”水木一郎と配下のコロンビアゆりかご会の合唱は、あたかも戦い前の雄叫びのようにクソガキどもに響いたものだ。
しかも、この後に続くのが「俺は 涙を流さない ロボットだから マシンだから」と、微塵の甘えも許さへんでえという睨みを効かせる台詞だったりする。
そう、涙なんぞの甘えが通用しない厳しい戦いの世界に、手前らクソガキどもを連れてくから、覚悟しとけウラァ!!・・・という雰囲気を感じるのだ。
「ダダッダアアッ!!」という合いの手も、否が応でも緊張感を高めるのであった。
まあ、このノリで突っ走ると流石にやばいと思ったのか、この後はちょっと優しさも感じさせ、明るい雰囲気で突き進むのだが、小池の主張はこの冒頭の凄みを効かせた部位に籠められているようにも感じる。
いったい、どういう経緯で小池一夫に作詞が依頼されたのだろうか。非常に興味深いが、時代劇などで東映との付き合いが深くなっていた中で、何となく依頼されたのだろうか。



さて。
原作者永井豪の頭越しに誕生したグレートマジンガーだったが、人気は今一つ。このため、マジンガーZよりも早く、放送が終了することになった。
ここで広告主のポピーは、早々に商品としてのマジンガーに見切りをつけ、新しい基軸の作品(新商品)を求めた。そうして改めて誕生したのがグレンダイザーということになるのだろう。
かたや永井側はというと、せっかくグレートの存在を受け入れて、それならばグレートの次回作は「ゴッドマジンガー」にしよう、これでマジンガーの世界は完結すると構想を練っていたにも関わらず、この企画は没となった。
果たしてポピーや東映動画は、どれだけ真剣に「ゴッドマジンガー」の企画を検討したのだろうか。
更にだ。
グレートマジンガーの人気が不調に終わった後、東映動画は大幅に体制を入れ替えたという。主力担当者がそれまでマジンガーを担当していた班からゲッター担当の班に変わっている。
旧マジンガー班:総監督:横山賢二、人物造形:羽根章悦および森下圭介、主筆脚本:高久進および藤川桂介、美術監督:辻忠直、音楽:渡辺宙明の布陣。
旧ゲッター班:総監督:勝田稔男、人物造形:小松原一男、美術監督:辻忠直、主筆脚本:上原正三および高久進、音楽:菊地俊輔の布陣。
旧マジンガー班は、この後、タカラが広告主となる「鋼鉄ジーグ」を担当することになる。それまではポピーの商品宣伝を担当していたのに、ライバル会社の担当に配置転換になったわけだ。これは相当に大きな配置転換だろう。
他方、旧ゲッター班はグレンダイザーを受け持つのだが、人物造形担当になんと荒木伸吾まで加えられることになった。
監督はもちろん、人物造形が全く入れ替わってしまった。更に脚本も藤川と上原が入れ替わっている。ここまでくると、もはやグレンダイザーはマジンガー前2作とは全く別個の作品にならざるをえない。
原作者の永井(ダイナミックプロ)にしてみれば、まず自分たちを蚊帳の外においてグレートの企画が立ち上げられたいきさつがあったというのに、続いてゴッドマジンガーの企画まで没にされるという屈辱を味わされたことになる。
東映動画が行った製作現場の人事についても、マジンガーが築いた世界観をグレンダイザーに持ち込むのを、東映動画側が拒否したように感じられたかもしれない。
なるほど。
以前に僕は、東映やナックと衝突を繰り返した永井とダイナミックプロのことを「大人げない」と評したが、このような見方をすれば、わだかまりが生まれても致し方がなかったのかもしれない。
言わば物語としての完成を重視した永井の意向を、広告主と東映動画は「物語が完結するかどうかはどうでもいいから、売れる企画出して」と無視した可能性すらありえ、そりゃ喧嘩になるわなと思わずにはいられない。
それぞれ言い分はあろう。
広告主や東映動画は企業の論理で、常に利益のあがる「商品」としてのアニメ番組作りを目指したことだろう。「慈善事業をやっているんじゃない。商売として利益をあげないといけないんだ。いったい、アニメ番組とその市場にどれだけの人間の生活がかかっていると思っている。売れるか、売れないか。商売の世界はそれで決まるんだ」ということになる。
他方、作家集団である永井豪とダイナミックプロにしてみれば、個々の作品への思い入れがあり、物語としての完成度、連作としての決着をつけたかったことだろう。「これは俺たちが作った物語だ。作品の根幹を作った自分たちの意見をないがしろにして商売しようというのか。俺たちの発案があったから、こんな人気のある作品ができたんだ。サラリーマンの発送だけで同じ人気を確保できるか」ということになる。
永井が剣鉄也を酷評したのも、剣鉄也の設定すらも広告主の主導で生まれた可能性が考えられ、暗にそれを批判しているのかもしれない(脚本の藤川はどうだったのだろうか)。
桜多吾作が「グレンダイザー」をほとんどTVとは別の作品にしてしまったのも、上記のような経緯に対する反発だったのかもしれない(※5)。

蜜月は終わりを迎えた。グレンダイザーと鋼鉄ジーグが終了するや、永井豪(ダイナミックプロ)と東映の関係もまた終焉を迎えたのだった。
ウィキペディア:グレートマジンガー
ウィキペディア:ゴッドマジンガー
ウィキペディア:グレンダイザー

さて、「UFOロボ グレンダイザー」である。この作品に「マジンガーZ」で主役をはった兜甲児が登場するものの、物語上、TV版グレンダイザーとマジンガー前2作との連続性はほとんどなかったと思う。
先ず、主人公がデューク・フリードという「異星人」になり、日本人ではなくなった。
敵もまた、ベガ星連合軍という宇宙的規模の存在に変わった。Drヘル→ミケーネ帝国→宇宙帝国と、ジャンプ的な敵方の増強化が図られた。
主人公ロボットの造形自体も、広告主の意向を反映してだろう、劇的に変化した。
グレートマジンガーはマジンガーZの体格線をより鋭角化した造形だったが、基本的な部品構成、配色は変わらなかった。
他方、グレンダイザーは赤・白・黒の配色を踏襲しつつも、マジンガーに比べて口元や胸部の放熱板の構成を全く別物にした他、ダブルハーケンとなる肩の部位の描線を増やしたりと、装飾性が高められている。
主役ロボットの造形に始まって、世界観、物語構成からみても、「グレンダイザー」はもはやマジンガー作品であるとは言えないほどの変貌を遂げた作品なのだった。

当初、グレンダイザーはマジンガーZの過去の人気にあやかろうと、兜甲児とデューク・フリードの二人を主人公扱いしようとしたらしい。
だが、製作現場は「そんなことしたら物語が混乱する」と猛反対して、結局、デューク・フリードが主演、兜甲児は助演扱いで落ち着いたという裏話を聞いたことがある。
この猛反対した現場はというと、旧ゲッター班である。果たして、永井や旧マジンガー班に義理立てしたのだろうか。ゴッドマジンガーの企画を没にしておきながら、のこのこと兜甲児を登場させて過去のマジンガーZ人気にはあやかろうという、広告主の虫のよさに反発したのだろうか。
あるいは、逆に「俺たちの手で全く新しい作品を作ろうってのに、前任者の手垢のついた商品(兜甲児)を押し付けるような真似はしないでくれ」という自尊心からだったのだろうか。
いずれもありえそうな話だ。失礼ながら興味深い。
確かに主人公をデューク・フリードで統一した判断は正しかったことだろう。だが、お蔭様でTV版の兜甲児は道化もよいところだった。戦闘服の作りも、主人公のデューク・フリードのそれは高貴さを漂わせていたのに比べて、甲児のものは雑兵のように安っぽい印象を与えており、いくら何でもかつて主役をはった兜甲児に対してそれはないだろうとぼやきたくなったものだ。「マジンガーZ」の頃の無鉄砲さや粋の良さが失われてしまい、むしろ従来の兜甲児の支持者からは反発をくらったようだ。
そのためだろう、僕はTV版「グレンダイザー」に注目しなかった。
見た目が派手になったグレンダイザーについても、「マジンガーZやグレートマジンガーの方が質実剛健な造形でかっこいいのに!」と思っていた。
何と言っても、グレートマジンガーは、その登場の仕方が神がかりなほどの衝撃的だったことや、桜多版グレートがあんまりに凄かったから、実はTV版をほとんど見ていなかったくせに、僕の中で勝手にTV版グレートは過剰評価されていたのだ。

しかしながら。
なぜだろう。今でもそうなのだが、ふと無意識に、グレンダイザーの主題歌「とべ! グレンダイザー」を口ずさんでいることがあるのだ。
あれれ。
グレンダイザーはそんなに好きなはずじゃなかったはずなのに、主題歌をついつい歌っちゃってるよ。
何故だ? どうしたの、俺?
デューク・フリードの呪いか? さすがフリード星の科学は凄い。
進歩した科学は魔法と区別がつかなくなるっていうしなあ・・・。
作詞:保富康午、作・編曲:菊地俊輔、歌唱:ささきいさおとコロンビアゆりかご会の布陣である。

うたまっぷ.com とべ! グレンダイザー

もちろんそんなはずはなく、これはもう、やはりというか、菊地俊輔の音楽が凄いのである。
今更ながら、この数年でようやく、そのように認識するようになった。
一言で表せば、この歌はめちゃくちゃ歌いやすいのだ。
しかも、実にかっこいい。

勇ましい前奏に途切れることなく、歌が始まる。
ソドーソドー(ゆけゆけ) レドシラシミ(デューク・フリード)
ミシーミシー(とべとべ) ドシラ(グレンダイザー)
シラシドレドシ(大地と海と) ララドレミ(青空と)
ファミレ(友と) ドドラミ(誓った) レドシラシ(この平和)
ドドシラレミファ(守りもかたく) ミレドシドラ(たちあがれ)
レ♭レ♭シラ(地球は) ソ♯ソ♯ソ♯ミ(こんなに)
ファ♯ファ♯ミレ♭レシ(小さいけれど)
レレレ♭シ(正義と) ファ♯ミレ♭ラ(愛とで)
シシファ♯ファ♯ミソ♯ラ(輝く星だ)
シシミ(守れ) ミソ♯シ(守れ) レレ♭シ(守れ)
ミミレ♭ラソファ♯レ(人間の星) レ♭レ♭レ♭レシラ(みんなの地球)

素人の音どりなので、ご容赦を。たぶん、けっこうまちがっている。ごめんなさい。
前半は勇壮に、そして後半の「地球はこんなに」からは転調して明るく、輝かしく歌が進むのだが、何と言ってもこの歌には音の流れに一切滞りが感じられないのだ。
言葉が言葉を
旋律が旋律を
河の流れのように次々とつながり、一気呵成に終わりまで突き進む。
よくよく耳をこらせば、音節の合間にもブラスが絶妙に合いの手をいれて、旋律の途切れを感じさせない。
歌いやすくてかっこいいから、ついつい何気なく歌ってしまう。
そういう歌だったのだ!
別に本編が好きでもなんでもなかったのに!!
凄いよ、菊地先生!!
個人的な意見だが、名曲を多々産み出した菊地俊輔の作品の中でも、最高傑作ではないだろうかと思っている。

先に述べたように、グレンダイザーの誕生の陰には大きな対立が隠されていたかもしれない。
率直に言えば、マジンガー色を排除していたことに僕も反発していた。
だが、改めて今、僕はグレンダイザーを高く評価するようになっている。
本編をほとんど見ていないことに変わりはないのだが、断片的な情報からでも、この番組は色々な観点からみても凄い作品なのだと素直に受け止め始めている。
先ず、主題歌についてもそうだし、以前にも取り上げた「ちいさな愛の歌」も含めて、名曲が多いと感じるようになっている。
同時に製作担当者の陣容をみても、小松原一男と荒木伸吾という夢のような、とんでもないというか、贅沢極まりない布陣が人物造形を担当していることに改めて驚いている。
お二人とも既に幽明境にされており、もはや思い出を語るよりないのだが、両者ともに日本のアニメ史に残る絵師であった(※6)。
昭和50年(1975年)当時、小松原(昭和18年生)は32歳頃、荒木(昭和14年生)は36歳頃。二人とも熟練に達し、描線の勢いも最高潮に達していた時期だ。
一人でも十分すぎるほど存在感のある絵師が、二人も人物造形に参加するとは、一体、どういう経緯だったのだろう。小松原はゲッター作品に関わっていたから、前述の東映動画の人事編成の通り、自然な流れでの参加だったろうが、荒木はゲッターとは関係なかった。グレンダイザーの前の担当が、「魔女っ子メグちゃん」なのだ。
つまり、男臭さバリバリの旧ゲッター班に、美少女美少年を描かせれば当代随一の人材を送り込んだのだ。異質な者同士を競わせることになる。誰の発案か、どのような目論見があったのかはわからないが、特別な意図を含んだ人事だったと思う。
だが、この両者の巡り逢いは明らかにグレンダイザーの世界をマジンガーのそれから大きく、劇的に変貌させる結果となった。
小松原の凛々しさに、荒木の華やかさが加わるのだから、そりゃあ凄くならないわけがない。
後半ではデューク・フリードの妹マリアが登場するが、彼女や他の客演人物に漂う、少女漫画的な荒木の描線は、ロボットアニメにそれまでなかった華やかさと可憐さをもたらす結果となり、低学年の児童だけでなく中高校生にまで支持者を広げる効果を生み出したのだった(※7)。
この二人の絵師は、一期一会のようにこの作品で活躍し、以後、同じような競演をすることはなかったと思う。
これだけ見ても、グレンダイザーは奇跡的な作品と言えるだろう。

演出面については、実際の作品をそんなに見ていないのであまり語れるものではないが、グレンダイザーの主題歌映像をみると、その躍動感溢れる演出は、今もなお魅力を失うどころか、むしろ見惚れてしまうほどだ。
またデューク・フリードの声を担当した富山敬も懐かしい。

さて、グレンダイザーと言えば、すぐに連想されるのが、「フランスで視聴率100%を獲得」という逸話だ。もうだいぶと昔から、よく知られた事実だ。
様々な好条件が重なった結果だったそうだが、まあ、普通はありえない数字だ。
国民的スポーツの歴史的な試合があったとか、歴史的な大事件があったとかいうならともかく、東洋人が作った子供向けのアニメ番組が、フランスで視聴率100%ということ自体が信じがたいほどだ。
当時のフランスの大人たちはTVをみる習慣がなかったのか?と言いたくなるくらい、信じられない数字ではないか(※8)。
しかし、まあ、この逸話だけなら「物珍しさもあって、幸運に恵まれたのだな」くらいにしか思っていなかった。
だが、平成24年にこんな報道が飛び込んできた。

平成24年11月4日付の朝日新聞の記事より。
「グレンダイザー」イラクに立つ 23年ぶりの日本館
【バグダッド=村山祐介】イラクの首都バグダッドで開催中の国際見本市で日本館が人気を集めている。日本独自のパビリオン出展は、湾岸戦争前年1989年以来23年ぶり。存在感をアピールし、出遅れたイラク市場の開拓に弾みをつける狙いだ。
 1日に始まった見本市には、イラクの好調な経済や治安の改善を背景に、欧米やトルコなどから昨年の倍の約1500社が参加。日本政府は2010年から小さなブースを出していたが、今年はパナソニックやキヤノン、いすゞ自動車、ユニチャームなど15社が会場の一画を占め、デジタルカメラや車両などを展示した。
 集客の目玉として、イラクで絶大な人気を誇るアニメ「UFOロボ・グレンダイザー」の巨大空気人形(高さ6.5メートル)も展示。携帯電話で写真を撮る人だかりができた。イラクでは80年代から国営テレビで繰り返し放映されており、技術者エバン・オマルさん(23)は「知らないイラク人はいない。今でも忘れられません」と興奮気味に話した。

意外だった。平成24年の時代の日本人としては、40年前の巨大ロボットアニメが、何で今さら?という感想が先にたった。
しかし、同時に、非常に面白い、興味深い現象とも思った。
フランスとイラク。
西洋と中東。
キリスト教社会とイスラム教社会。2つの異なる文化の中で、グレンダイザーは熱狂的に受け入れられたことになる。前者では視聴率100%という異常なほどの数字で、後者は20年以上の時を経て、なおも熱狂的な愛情を起こさせる思い出の作品として。
グレンダイザーの一体、何が、そのような魅力を放っているのか。
両国にとどまらず、グレンダイザーは米国を除く世界中で受け入れられており、最近でも英国の愛好家によって、CGによる自主製作画像が世界中に配信されてさえいる。しかも、その完成度が高いときては、「ハリウッドがナンボのもんじゃい!!」と言えるほどなのだ。
GRENDIZER_RETURNS_RELOADED

すなわち、グレンダイザーとは世界中の人間をして、そこまでのめりこませるほどの魅力を湛えている作品と言わざるをえないのだ。
本当になぜなのだろう。誰か、比較文化学の観点から、この現象を読み解いてくださらないものだろうか。
グレンダイザーには「王家の血筋の青年が放浪する物語‐貴種流離譚」の物語構造があり、これが先ず西洋や中東の子供の琴線に触れるのだろうか。
革命を起こしたとはいえ、フランスは王政を経験しているし、童話としての王子様なら、憧れの対象となってもいいだろう。中東ともなればイスラム世界の王様は、神にも等しい憧れの存在だ。
王家の血筋を引く背景を持つデューク・フリードが、中世騎士を思わせる戦闘服に変身する点も魅力なのかもしれない。
それに、グレンダイザーの「姿勢」で気づいたことがある。通常の巨大ロボットは立位の姿勢が基本であるのに対し、「UFOロボ」であるグレンダイザーはスペイザーと合体した臥位の姿勢が基本になる。宇門大介がデューク・フリードに「変身」してグレンダイザーに乗り込むとき、グレンダイザーの「背中」に登場する形になる。このグレンダイザーの態勢は馬を連想させ、デューク・フリードと馬上の騎士を無意識裡に連想させているのではないか。それが更に貴種=王族の印象を強め、よりデューク・フリードの存在感を高めているのではないか。
直截に騎士と馬を描くより、深層心理に刷り込まれた無意識を刺激する方が、人の根源的な欲求の充足に結びつくように思う。それがグレンダイザーをして、中東と西洋社会に受け入れさせた要因の一つなのかもしれない。
王政を経験していない米国では全く人気がなかったというのだから、その点もまた興味深いところである。
ウィキペディアを眺めると、グレンダイザーは日本語も含めて、全10種類の言語で記事になっている。その中でも際立って力が入っているのが、アラビア語(イラクの公用語)の頁で、しかも「秀逸な記事」の称号まで得ている。
著作権の問題はさておいて、画像を多数引用しており、他の言語の頁に比べて、遥かに勝る愛情が迸っているではないか。
アラビア語版グレンダイザー
なぜだ、イラクのアニメ愛好家たち。何が君たちをして、そこまで駆り立てるのだ!?
アラビア語で歌われるグレンダイザーの主題歌は、言語の違いから、微妙に歌いまわしが変わっている。
مغامرات الفضاء جريندايزر - جودة عالية(アラビア語のグレンダイザー)

地球はこんなに小さいけれど
正義と愛とで 輝く星だ

果たして、21世紀になって、地球は輝いたか?
9.11同時多発テロとともに、米国は臨戦態勢に入り、かねてより敵視していたイラク=サダム・フセイン体制を撃滅するため、「大量破壊兵器が存在する」という、結局は嘘の大義名分を捏造し、イラクに戦争をしかけた。これによりサダム・フセインによる独裁体制は瓦解した。
だが、独裁者が処刑されたというのに、残ったのは独裁時代よりも悪い生活、治安だった。
無差別破壊者たちが横行し、治安は乱れ、米国兵による虐殺さえ起こる。
力なき者は涙を流し、この世を呪う以外にない。
独裁は悪とされながら、独裁者というタガが外れたイラク国内は、多数の部族、イスラム宗派の対立する混沌に蹴落とされた。

混沌とする国家(果たして、千路に乱れたその社会が、国家と言えるのかすら疑わしい・・・)は、国民の心を結ぶ国旗の図案さえ、まとまらない状態に陥っている。国内の対立が激しく、国旗さえ統一できないのだ。

誰かが冗談にまかせて作ったという、グレンダイザーを冠したイラク国旗の図案がある。それは冗談であり、笑いを誘うものでありながら、同時に子供の頃に親しんだロボットアニメにでもすがらなければいられない、イラクの人々の哀しみが滲むものでもある。

地球はこんなに小さいのに
正義と愛は・・・どこに行ったのか

せめて平和の使者として、グレンダイザーが遠い異国で愛されていることを、僕は誇りに思うこととした。
grendizer_001.jpg
この記事をお読みいただく方は、是非とも次の記事もお読みください。画像、勝手に拝借しちゃったものですから・・・・。
坂本卓 「ことばで読み解くイラク」(3) 「グレンダイザー」

※0)能登空港にグレンダイザー
※1)TVを巡る市場とは、つくづくせっかちにならざるを得ない。永井のような漫画家にしてみれば、一つの作品に数年は関わるのが普通、という感覚だっただろう。しかし、昭和40年代当時でもTVの世界の商品寿命は1年程度だったのだ。長寿番組もあったが、ロボットアニメのような子供番組は基本的に1年もすれば消費者に商品が一巡し、市場としての価値が低下する。東京ムービーの製作責任者を務めた山崎敬之は、著書「テレビアニメ魂」で次のように語っている。「おはよう! スパンク」「とんでモン・ペ」を手掛けていた頃、番組の人気が高かったにも関わらず、広告主の意向で番組を終了しなければいけなかったのだそうだ。また、富野由悠季の対談集「戦争と平和」でも、毎年、新たな企画を出さねばならないTVの世界は過酷であるいう件があった。今ではTV作品の寿命たるや3ヶ月。慌ただしすぎる。
※2)この主題歌映像では、グレートの操縦席になる戦闘機ブレーンコンドルが、レーザー一発で戦闘獣を破壊したりと大暴れしている。「いや、ブレーンコンドルは実際にはそんなに強くないですから」と突っ込みたくなるのだが、主題歌映像ならではのはったりと思おう。一方、レコード版の導入部は、ラテン系音楽のような陽気な旋律で始まるので、当初、違和感があった。TV版の研ぎ澄まされた導入とは大幅に印象が変わっているからだ。なんかこの導入を聴いていると、ブレーンコンドルに乗っかった剣鉄也が、踊り狂いながらレーザービームを発射しまくり、戦闘獣を次々と破壊する映像が頭に浮かんできてしまうのであった。
※3)あくの強い主人公が、性欲・肉欲と暴力が前面に押し出された世界で戦いながらも、肝心な時には純愛に生きるという物語構造が基本だ。
それにしても、なんで小池一雄だったんだろう。剣鉄也がゴルゴ顔であるのと何か関係があったのだろうか。小池は原作者として独立する前はさいとうプロで脚本を担当し、「ゴルゴ13」の脚本も書いたそうな。
※4)ちなみに副主題歌の「勇者はグレートマジンガー」も小池が作詞を担当している。その冒頭も

 シュシュッシュー バンババン
 シュシュッシュー バンババン
 シュシュッシューバシュバ シュッシュバシュバ
 シュッシュシュシュバーン

 というものだ。これだけ読んでると何のこっちゃらわけわからんが、渡辺の音楽が加わると、いきなりかっこよく聞こえるから凄い。
 んでもって、小池はあの有名な「子連れ狼」の主題歌でも

 しとしとぴっちゃんしとぴっちゃん
 しとぴっちゃん

 と、擬音を使用している。これがまた音楽が加わると、生き生きと音と言葉が響いて、聴く者それぞれの想像力を喚起するのだ。天才といってよいだろう。
※5)桜多版グレンダイザーの桜多の描線は相当、荒い。もしかするとやる気が落ちていた7?
※6)遥か昔、梅田の紀伊国屋で偶然にみつけた「小松原一男アニメーション画集」は、今も僕の宝物である。ついつい魅かれて購入した。この画集を読んで、小松原がまだ60歳代という若さでなくなられたことを僕は知ったのだった。漫画やアニメに携われ、早くに旅立たれた方が多数おられる。この数年でも何人もの方が旅立たれた。
寂しい。
※7)しかしながら、桜多はそんな華麗なTV版の世界観に反発したのか、マジンガー物語を継承し、見事完結させている。そして桜多が描くマリアは、荒木伸吾のそれとは異なり・・・・わざと美人でない顔に描いているように思える。
※8)ちなみに日本の歴代最高の視聴率は1963年12月31日に放送された第14回NHK紅白歌合戦とのこと。
ウィキペディア:第14回NHK紅白歌合戦
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[C61]

デューク・フリードとグレンダイザーを騎士と馬に喩える考察には「なるほど」と思いました。私はもっぱら『サンダーバード』の出撃シーケンスばかり連想してたんですけどね。

スタッフの移行や原作者の立場など、いろいろと大人の事情があったようで、とても興味深いですよね。『ゲッターロボ』では永井豪と石川賢が「合体前と合体後の尺が合わなくても構わないから、造形的にカッコイイものを作る」という考え方でロボットのデザインをしたそうですが(だから、実際に合体する玩具が作れなかった)、ダイナミックプロとは無縁の『コンバトラーV』あたりになるとポピーが企画会議に参加していて、「TV同様に変形・合体できる玩具を作るという前提でロボットをデザインする」「玩具の宣伝を兼ねて、合体シーンはたっぷり時間を取る」ことを明確にしてたそうです。結果として、造形的にゴツくなった。

キャラクターデザインはグレンダイザーの次作『惑星ロボ ダンガードA』が荒木伸吾(+その弟子の姫野美智)の担当でしたよね。東映動画は『タイガーマスク』から『ゲッターロボG』あたりまで続いていたゴツイ絵柄(小松原)から、グレンダイザーより少し早く始まっていた他社製作の『勇者ライディーン』の美形悪役の人気にあやかった美形キャラの投入に踏み切ったんだろうと推測します。当初は小松原色がだいぶありましたが、特にマリア登場の頃から美形キャラ傾倒が顕著になりました。「ロボットはゴツく、ヒューマノイドは美しく」というところでしょうか。(こうなると、兜甲児の立場がますますないw)

ところで、小池一夫は東文彦名義で『マジンガーZ』の主題歌も作詞してました。
http://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1605/24/news098.html

なお、擬音スキャットは渡辺宙明の得意技で、元の詞にはありませんでした。
http://news.mynavi.jp/articles/2012/09/08/mizuki/001.html
http://news.mynavi.jp/articles/2009/12/29/watanabe/002.html

あと、細かいことで恐縮ですが、「コロンビア」→「コロムビア」、「菊地」→「菊池」です。

それにしても、グレンダイザーはなぜこうも海外(アメリカ以外)で人気があるんでしょうね?ちなみに、1980年代、アメリカで『マジンガーZ』が放送されてた時、アメリカ人に「あれは暴力過剰」と言われた経験があります。私は「え?ロボット同士が戦ってるだけなのに?」と面食らいましたが、アメリカでは「子供向け番組で暴力描写をしてはいけない」という風潮があるので、親が子供に見せたがらなかったんではないでしょうか。

以上、長文すみません。
  • 2016-06-08 04:25
  • JoJo
  • URL
  • 編集

[C66] 管理人です

承認が遅くなり、大変に失礼いたしました。
「騎士と馬」のたとえは、僕も気に入っています。子供の頃は気づかず、この文章を書きながら、「何で欧州で受けるんだろう?」と考えていると、思い立った次第でした。
絵柄の変遷は興味深いですよね。「ライディーン=安彦」の絵柄に東映が影響を受けた(対抗心を燃やした)という指摘はなるほどと思いました。
誤字、脱字、訂正ありがとうございます。新しい記事で注意します。

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