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一連の999にまつわる記事に心奪われて気づけば「交響詩 銀河鉄道999」をポチってしまっていました。音楽のことなどてんで疎い私でさえ、こちらの濃やかな愛情に満ちた文章は心地よく響きます。999の楽しみが増しました。ありがとうございます。
  • 2016-04-06 02:11
  • あさくら
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[C46] 管理人です

音楽を表現する能力に限界を感じておりますが、魅力の片鱗が伝わったのならうれしく思います。コメントありがとうございました。
  • 2016-04-08 00:45
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永遠の青春を謳う 「交響詩 銀河鉄道999」前篇

交響詩銀河鉄道999

生涯、最高の映画音楽を選べと言われたらどうするか?
すぎやまこういちの「発動篇」から「カンタータ・オルビス」を選ぶか。
坂本龍一の「オネアミスの翼」を選ぶか。
星勝の「ビューティフル・ドリーマー」を選ぶか。

いずれにしても、僕が選ぶならアニメ映画の劇伴からになる。
どんなに熱狂的な映画愛好家が、どんなに「この映画音楽だけは譲れない」「アニメ音楽の出る幕じゃない」と、罵しろうが、僕だって絶対に譲らない。
多数決では選ばせない。
選ばせて、たまるものか。
アニメ音楽は宝の山だ。「箱舟」に乗るべき至高の歌が、音楽がある。
「交響詩 銀河鉄道999」
これは一人の男が紡ぎ出した夢のような旋律と管弦楽。
権威とは程遠い男が、ただひたすらに「素敵な音楽を」望んで描き出した音楽。
権威に守られた音楽には成しえない、色彩豊かで、人の喜怒哀楽を揺さぶり続ける力に満ちた、生命力に溢れた「歌心」そのものの音楽。
今回は不朽の旋律を描いた青木望の音楽について語ろう。

映画「銀河鉄道999」劇判音楽は、TV版と同じく青木望が担当した。音楽集のLPは「交響詩銀河鉄道999」と銘打たれ、映画公開に先立って発売された。当時、中学生だった僕も小遣い片手にレコード店に走り、買い求めた(※1)。
黒い宇宙に散らばる星々を背景に、モナ・リザの如き神秘的な微笑を浮かべたメーテルの肖像と、白抜きで描かれた999号を並べた絵がLPの外装(ジャケット)を飾っていた。映画の宣伝用ポスターでも使用された、もはや代名詞的な1枚だ。
もう記憶も残っていないが、きっとLPを買って帰るや、直ちにレコードの針を落としたことだったろう。そして、初めて聴いたその日から、きっと僕は惑わされたことだろう。

それは最初の一音からして魅力的なのである。
ふわっと音が生まれるのだ。
映画の冒頭、銀河を背景に999号の灯が浮かび上がる場面そのままに、闇の中からキラリと音が浮かび上がってくる。無の世界から命が優しく芽生えるように。
生まれた音は弦の微弱なトレモロ(単一の高さの音を連続して小刻みに演奏する技;ウィキペディア)に引き継がれ、静けさを歌う。
フルートだろうか、笛の音がゆったりと現れ、振り子のように上下に揺れる音階を歌いながら、次第に力を強めていく。
その背景ではまた別の弦が、重い足取りのようなピッツィカート(弦を指ではじくことによって音を出す演奏;ウィキペディア)で加わってくる。
音は次第に厚みを増していく。様々な管楽器も合流してくる。
ラヴェル作曲「ボレロ」のように、同じ旋律を繰り返しながら、次第々々、音の色彩が増えていく。始まりは単色だが、わずかの時間に色(楽器)を集めて、極彩色の世界へ変容していく。
川のせせらぎに次々と支流が集まり、大河となるように、音楽は臨界点を目指して勢いを高めていく。
否が応にも期待が高まる。
物語が始まるその時が、音楽が爆発する瞬間が、もう目の前に来ている。
金管楽器たちの華やかな彩りが加わり、目前までたどりつた物語の扉を照らし出す。
扉を開く者を出迎えようと、さあ、楽器たちが一斉に歌いだす。
強く、輝かしく、華やかに。
そして
物語の開幕が、今、告げられた-
トランペットの高らかな響きが物語の扉を開いた-
何と輝かしい歌声だろう!
光り輝くトランペットの歌声が、めくるめく音の奔流を従え、僕たちを物語の中へ引きずり込み、目映い舞台の上に立たせ、現実から一気に映画の世界に連れ去ってくれるのだ。
開かれた扉の向こうには、青い地球が輝いている。
宇宙に浮かび上がる地球の美しさ-輝かしく、晴れがましく、胸躍るトランペットの響きが、これから始まる物語がいかに希望にあふれたものであるかを教えてくれる。
トランペットを取り巻くように、華麗なヴァイオリンの調べが、これ以上はないというくらいに瑞々しく歌われる。
さらにはパーカッションの艶めかしい打音も加わり、僕たちを酔わせてくれる-

「交響詩 銀河鉄道999」第1曲-「序曲」
映画「999」冒頭を飾るに相応しい、古今東西の映画音楽史上でも、屈指の名曲である。
華麗、という言葉で論じるなら、これ以上に華麗な映画の序曲を僕は知らない。
そう、青木望がこの映画にふるまった音楽を端的に言い表せば、まさしく「華麗」「勇壮」「優美」「純情」の言葉につきるだろう。
初めてこの交響詩を聴いた時、僕はあっという間に虜になった。
それほど、素敵だった。
何度も繰り返し聴いて、映画の公開を待ちわびたし、映画をみて感動したものだった。
この交響詩も、最高の映画音楽と思った。
とにかく、ゴダイゴの歌2曲も含め、全12曲がこの音楽集に収められているのだが、いずれ劣らぬ名曲が揃っている。
どの音楽も表情豊かで親しみやすく、美しい音楽は美しく、勇ましい音楽は勇ましく。哀しみ喜び、等しく含まれているのだ。
今、聴いてもその音は色褪せない。それどころか、更に色鮮やかになっているようにすら思える。様々な音楽と出会ってきたが、青木望の「交響詩 銀河鉄道999」ほど色鮮やかな音楽はないとすら感じられるのだ。
音としての完成度、惜しみなく溢れだす数々の豊かな旋律、物語との結びつき、どの要素をとっても、映画音楽としては最高級であり、LP1枚だけでも豊穣な物語を語ってくれる、とてつもなく贅沢な音楽集なのだ。
それはもはや、「神がかり」と評してよい。

この音楽集を「特別な1枚」と感じている人は多いはずだ。」
アニメ劇判の保存と評価の確立に尽力されている腹巻猫さんが、あのWEBアニメスタイルで「サントラ千夜一夜」という記事を連載中されている。
当然のように「交響詩 銀河鉄道999」にも熱い一文を寄せられている。是非、一読してほしい。
サントラ千夜一夜 第12回 青春の幻影 〜交響詩銀河鉄道999〜

さて、そんな素晴らしい音楽集だが、一時、僕の中で少しだけだが評価が下がっていた時期がある。
人生、特に若い頃は色々な出会いが待っている。
この音楽との出会い(昭和54年)の翌年、僕はすぎやまこういちの音楽と出会うことになる。
「機動戦士ガンダム」終了の年の昭和55年のことだ。
言うまでもない。「イデオン」の音楽と巡り逢ったのだ。
何度も何度も聴きかえすうちに、これこそ最高だと思うようになった。
その気持ちは今も変わらない。
「イデオン」の音楽が秘めた深み-それは、ずっと僕と一緒に人生をともに歩んでくれる音楽だと思えた。
「発動篇」の終盤に「カンタータ・オルビス」を聴いた時なぞは、もう「俺の命も宇宙も全て、この音楽の激流と混じり合っていくのではないか」という感覚に近い、大袈裟だが、そんな感動に襲われたものだった。
言わば、僕の人生を言い表してくれる音楽だ-と、高校生の時代には感じられたのだ。
「発動篇」という映画は、高校生の僕の心をぐらぐら揺さぶった。爾来、30年を経てなお、僕の表層、深層心理に影響を及ぼしている。
「カンタータ・オルビス」は、そんな「発動篇」を正に象徴している。
僕個人の価値観からすれば、誰に何と言われようと、その存在感はベートーベンの第9交響曲にも匹敵するのだ(※2)。

そんな「イデオン」の音楽と出会ってしまったものだから、それ以後、僕には「交響詩 銀河鉄道999」が軽く感じられるようになってしまった。
「とても綺麗で凄いんだけど、中身がないのと紙一重なんじゃないかな」
何時頃からか、そんな風に僕の中で評価が下がっていた。
青木望の音楽は、その華麗さゆえに、どことなくマジックの舞台で多用される「オリーブの首飾り」(※3)に等しい「華やかな舞台のための音楽」のように思えてしまったのだ。
それはすなわち、「華やかだが、舞台が終われば消えてしまう儚い音楽」という印象に結びついていった。
人生の伴にするには、軽すぎる。
そんな想いを一時期、懐いていた。

しかし、今日この頃、僕はまた、繰り返し「交響詩 銀河鉄道999」を聴くようになっている。
もちろん、この文章を書くためでもあるが、改めて聴いて、この音楽の素晴らしさに取り込まれたからだ。
繰り返すが、「イデオンⅠ・Ⅱ」や「発動篇」の音楽に僕は、「音楽が語る以上の世界」を感じることがある。これらの音楽を聴くと、物語世界の枠を飛び越えて、「お前はどう生きていくのか」という富野の問いかけまでも一緒に胸に飛び込んでくるように思われることがある。
ちょっと大袈裟だが、僕にとってイデオンはそういう音楽なのだ。
人生の厳しさ辛さを直視させ、それでも「生きていくのかどうか」というギリギリの問いかけまで聞こえてきそうな時がある。
大袈裟と言われても、それに近いものがある。
でも。
初めて出会ってから30年以上になった。
今、「交響詩 銀河鉄道999」を聴くと、僕はこの音楽から、芯の底まで伝わってくる「温かさ」「優しさ」を、強く感じるようになっていた。
確かに深刻さ、切実さという感覚はここにはない。
僕が感じていた儚さとは、言ってみれば、幕が下りればすっと消えてしまう、幻のような、竜宮城のような印象なのかもしれない。
とても美しいけど、少し目を離せば遠くにいってしまいそうな思いがして、それが嫌だったのかもしれない。
でも、ある日、ふと耳を傾けた時、この音楽はただ温かく僕を迎えてくれた。
初めて出会った時そのままに、昭和54年当時と同じ、瑞々しい歌を届けてくれた。
『10年、20年、いや100年の時が過ぎようとも、いつも変わらぬ温かさ、美しさで貴方を待っています』
そう語ってくれているようにも思えた。
-辛いことがあっても、人生はそんなに悪いものじゃない。
-辛いことは冒険をしていると思えばいいじゃない。
-いつでも来いよ、待ってるぜ。
色々な声が僕を励ましてくれているようにも思える。
そう、この「交響詩 銀河鉄道999」とは、僕にとって、永遠に色褪せない人生讃歌なのだ。

ゴダイゴの歌も含めて、いずれも佳曲、名曲が揃っている。アマゾンやHMVでも視聴できるし、また価格も1000円少しで手に入る。手元において損はしないと思う。


ここに青木望は徹底してわかりやすく、しかし多彩な楽器を使い分け、きらめくような色彩を音の響きにまぶしており、個性豊かな音楽を次から次へと差し出してくれる。
それは何万回、繰り返し聴いたとしても飽きることはないだろう。

2曲目について語ろう。
「鉄郎、勇気ある少年」は地球のスラム街、機械の身体を変えない貧しい人々が住む街を想像させる重苦しい曲調で始まる。
しかしだ。
と言いながら、重苦しい部分でも陰鬱に聞こえないから凄い。低弦と高弦が交互に旋律を奏でるのだが、残響をいっぱいに含んだ録音調整のためもあろうが、どこかしら響きに華やかさがあるのだ。それが次第に音階を下げ、落ち切ったところで、鮮やかに世界が変わる。
突如として、力強いパーカッションの踊るような響きが現れるや否や、ヴァイオリンが熱い唄を歌い始める。主人公・星野鉄郎の光り輝く生命力を流れるような旋律で語り始める。
宝塚大歌劇もかくやというくらい、華々しい浪漫チックな音楽が繰り広げられる。
トランペットも加わってくると、更に色彩豊かになり、酔いしれるような熱気が紛々と溢れだしてくる。
だが、終わりは突如として訪れる。
線香花火がふっと燃え尽きるように、管楽器が全力疾走で駆け抜けた旋律を吹き終えるや、すうっと音楽は終わりを迎える。
音の明暗が際立つ名曲である。

9曲目の「心の詩とアルカディア号」もそうなのだが、静から動への音楽の転換が、しびれるほどかっこいい。いきなり動的な音楽が始まるよりも、静の音楽を先行させて、そこから場面転換する方がより一層、動を印象付けるのだ。

第3曲「惜別そして未知への憧れ」は4曲をつないだもので、前半の2曲は、機械伯爵に虐殺された母親を回想する場面のための、甘くも切ない音楽である。

1曲目の主役は女声のスキャットだ。ぽつんと一人ぼっちのように音が立ち現れ、続いてスキャットが主旋律を歌う。寂しさ、悲しみに満ちた音楽だ。
ギターがポロン、ポロンと雪上の足跡のように、途切れ途切れに鳴らす伴奏が、切々と寂しさをより一層際立たせる。
音楽は途中、甘い弦楽合奏が中心になり、そこに管楽器と、もう一度スキャットが加わり、雪の夜に浮かぶほのかな明かりのような盛り上がりを見せた後、ハープの調べとともに吹き消されるように静まりかえっていくのだった。
そして、ヴァイオリンの独奏がゆったりと奏でられる。
それは甘い甘い、砂糖菓子のような音楽だ。
でも、その甘さは何かとても大切な物、思い出と繋がっているのだろう。どこかしらホロ苦いのだ。多分、もう取り戻すことができない、そこにはもう戻れない、今はただ硝子の中に閉じ込めた幻としてしかみることしかできない、そんな、愛おしいが触れることのできない思い出を描いているからだろう。
やがて、チェロが二重奏のように歌い始める。
それは鉄郎と母親が言葉を交わしているかのようだ。
ここで歌われる旋律は愛と別れの象徴なのだろう、8曲目の「愛の目覚め」、終曲「別離そして新たなる出発」でも繰り返し登場する。
鉄郎と息絶えんとする母親を照らし出すように、フルートやトライアングルの優しい響きが加わる。
辛い思い出を慰めるかのように。
母の命が消えていくとともに、音楽はそうっと終わっていく。

後半はメーテルと出会った鉄郎が999号に搭乗するまでの場面を描いている。
最初は重い曲調で始まり、不安を表しているかのようだ。だが、それも束の間、音楽は次第に明るさを取り戻しながら、盛り上がっていく。
いけいけどんどんか!?と思いきや、また、管楽器が不安げな音を鳴らす。
しかしだ。すぐにこれまた甘いヴァイオリンが登場して安心感に満ちた音楽に変わり、そのまま終わっていく。
この音楽を聴いていると、不安に迷う鉄郎に、メーテルが大丈夫よと語りかけ、安心させているようにも思えて微笑ましい。
実際には劇中では鉄郎は何の迷いもなく999号に乗ることを選ぶ。でも、画面には現れない鉄郎の深層心理を語っているかのごときで、青木望が、隠された鉄郎の内面を描いたようにも感じられるのだ。

締めくくりの4曲目は穏やかなホルンの響きで始まる。
ひとしきり歌った後、ホルンが強弱をつけ、決意を語るように歌い終えると、希望に満ちたヴァイオリンの合奏が舞い上げってくるのだ。それはもう、きらきらと光りさえ見えてくるように。そこにピアノとホルンの伴奏も加わり、希望は更に膨らんでいく。
さあ、いよいよ旅立ちだ。
バシーン!
シンバルが高らかにその時を告げる。序曲で歌われた銀河をあまねく照らし出す旋律が、この曲ではトランペットに変わってホルンたちが合奏し、力強さと意思の強さを表現する。
行こう、999号に乗って銀河の彼方へ!
音楽はあえてまだ途中であるかのような雰囲気を残しつつ、次の曲へ、「テイキングオフ!!」へ引き継がれていく。
わずか6分6秒の中に、万華鏡のように色とりどりに音楽が詰め込まれ、まるで玉手箱のような曲である。

この稿、続く。

※1)和歌山周辺でしか通じない話題だが、かつて「いわきレコード」という店があった。一時は大阪にも進出して複数の店舗を構えていた。アニメ映画が全盛の頃はぶらくり丁の本店で試写会なども行って意欲的に活動していた。他にも様々な分野の音楽の普及を和歌山という地方に広げようとしていたが、今は昔のことだ。
他にも宮井平安堂という書店があって、和歌山の文化の普及に尽力されていたが、今はその面影も消えた。
※2)第9交響曲と比較したら、全世界から非難されることだろうが、別にいいや。
※3)クロード・モルガン作曲だが、ポール・モーリアの演奏でマジックの舞台で使用される代表的な曲となった。ポール・モーリアの音楽も、門外漢の僕でもすぐに何曲かは思い浮かぶくらい、世間の耳になじみ、記憶
されている。で、このポール・モーリアはかのシャルル・アズナヴールにも多数の楽曲を提供したという。
ウィキペディア:シャルル・アズナヴール(ちなみに彼の着る上着の色は-)

交響詩銀河鉄道999 裏面
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